青エク

□逃げない
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翌日、廉造は学校を休んで昼から出張所に来ていた。当初の予定では、これから八百造の監督の下、柔造と金造が有事の際に備えて待機し、廉造が朝祇に憑依する黄龍を祓うことになっていた。
廉造はその準備のために出張所に来ることになっていたが、その心構えは変わっていた。
昨晩、柔造と金造に背中を押された通り、朝祇を祓魔師側に引き込んで"身内"にするのだ。記憶を消さず、不浄王のことも知られたままになるが、そこは朝祇を信じる他ない。

もともと、これから記憶を消してくれる人物に状況を説明するために廉造も呼ばれていたから、そこで八百造に伝えるつもりだ。


「失礼します、お父、廉造や」

「おん、入りぃ」


八百造に促され、廉造は襖を開けて室内に入った。
そこには、高そうな黒檀の机を挟んで八百造と、奇抜な格好の男がいた。


「これはどうも、志摩廉造君。私はメフィスト・フェレス、正十字学園の理事長で正十字騎士團日本支部の支部長をしています」


噂には聞いていた、悪魔ながら数百年に渡って騎士團に味方する悪魔。怪しげなピンクと白のド派手な格好が、著しく和室に浮いていた。
正面に座る八百造は自然と眉間に皺が寄っていた。


「どうも、志摩家五男、廉造いいます。はるばるお越しくだはってありがとう存じます」

「そう畏まらなくていいですよ、鍵を使えば一瞬ですから」


メフィストがちらつかせる鍵は、どの扉であっても差し込むだけで目的地に直接つながるチートツールだ。騎士團はみんなこれにお世話になっており、東京の正十字学園から京都出張所まで徒歩2歩で到着する。
今回、朝祇の記憶を消すためにメフィストはここへ招かれていた。


「さて、廉造も来たことやし本題に入らせて頂きますよって」

「そうしましょう。廉造君も座るといい」


廉造は黙礼だけして八百造の隣に正座し、メフィストを見据える。どちらかといえば隣の八百造の方が、今回の強敵だ。廉造は知らず喉を鳴らした。


「今日は事前にお伝えした通り、一ノ瀬朝祇という一般人の少年の記憶を消すためにご助力頂きたい」

「ええ、伺ってますとも。黄龍が憑依しているとか」

「その黄龍を祓ってから、あなたに彼の記憶を消してもらいたい」

「あ、ああの、その話やねんけど!」


廉造はここぞ、とばかりに切り出した。何かを言おうとしていたことは分かっていたのだろう、メフィストは楽しげにしている。八百造は怪訝な顔をした。


「なんや廉造」

「あんな、俺…俺、一ノ瀬君の記憶、け、消しとおないねん」


こうやって重要な決定に異を唱えるのは初めてだ。いつも廉造は、決められた通りに生きてきた。面倒だと言いながら、その通りに。
でも、今回は違う。


「あ、あの子は、だ、大事なやつさかい、そないなこと、しとぉない…」

「なに駄々捏ねてんねや!明陀宗の秘密が知られてんねんぞ!」

「分かっとる!せやから、俺、一ノ瀬君に今日、祓魔師にならんか聞いてみよう思ってん」


八百造に怒鳴られても、廉造は言い切った。場に沈黙が落ちる。


「身内になってもらえば、ええやろ…黄龍のことはあの子の意思に従う…せやけど、記憶のことは、説得させてぇや…」

「廉造…そうは言うても、これは…」

「まぁまぁ、いいじゃないですか志摩さん。祓魔師は万年人手不足ですし」


そこに、メフィストが割って入った。正直、この男が打算的に考えて味方してくれることは可能性として望みをかけていた。


「しかも、広く東アジアで信仰される黄龍を憑依させている。とても心強い戦力ではないですか!私としても、実は廉造君と同じことをご提案しようと思っていたんですよ」

「あなたまで…」


悪魔といえど支部長、しかも名誉騎士。その発言力は大きいし、言っていることも一理ある。何より、これでも廉造の父親である八百造が、初めて意見を通そうとする廉造に、心を動かされないわけがなかった。


「……分かった。廉造、お前に任せたる。せやけど、ちゃんと必要や分かったら、祓魔と忘却はするで」

「おん、ありがとぉな!!」


あとは、朝祇を待つのみ。

……そうなるはずだった。
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