青エク
□力の正体
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廉造との勉強会を終えた夜、寝ていると、またあの夢を見た。
暗闇にぽつんと立つ、光っているような不自然な明るさを持つ棗の木。その根本に立ち、声を待った。
『なぜ力を使わない?』
「使ったら周りに悪影響が出るだろ」
『当然だ、対価なのだから』
「まさか現実だとは思ってなかったんだよ。別に、俺から離れてくれてもいんだよ」
『できたらやっておる。もう物質界(アッシャー)への直接干渉はできんのだ』
「アッシャー?」
初めて、声の主から具体的な言葉が出てきた。まったく正体が分からないまま放置していた存在のため、そろそろそれを問いただしても良いのかもしれない。
『お主たちが暮らす世界のことだ。その裏側に、虚無界(ゲヘナ)が存在する。虚無界は物質界の原理は一切通じない世界だ』
つまり、超常存在がいる世界ということなのだろう。異世界、地獄、天国、あの世、いろんな言い方ができるが、人が広く信じるもうひとつの世界。
『虚無界の住人は、物質界では実態を持てぬ。そのため、物質界の何かに憑依して干渉するのだ』
「お前は俺に憑依してんの?」
『厳密には違う。我が憑依しておるのはこの都の中心部だ。土地、建物、あらゆる地面に立つものに憑依しておる』
「じゃあ俺のこれはなに?」
『その一部をお主に伸ばしておるのだ。憑依したものからさらに憑依しておるため、半分憑依しているようなもの。完全なる憑依ではない。繋がっている、とでも言おうか』
どうやら声の主は、京都の土地と街に憑依することで物質界に存在し、そこから朝祇に再憑依しているらしい。ワンクッション挟んでいるからか、それは完全な仕様ではなく、ただ繋がっているだけに近い。
「もう別の人に憑依し直すことはできないんだ?」
『憑依するにも力がいる。端午のときは最盛期だったからお主に干渉できたのだ。それを過ぎた今、もはやどうにもできぬ』
「…お前も、この街を出たいんだっけ?」
朝祇に力を与えているのは、この街を出たいという同じ目的を持っているからだと言っていた。朝祇にとってそれは、現実的なことではなかったのだが。
「俺だって夢じゃないって分かってたら、最初から別のやつ探すよう言えたのに。俺はこの街を出られないよ」
『なぜだ。力はあるだろう』
「そういうことじゃねえの。家族とのことやお金のこともある。社会をつくる動物として、そう簡単に共同体を移動することはできないんだ」
『難儀なものよ』
「なんでお前はこの街を出たいわけ?」
そろそろ話を核心に進めたい。朝祇は正体を探るため、少しずつ話を深めていくことにした。それに、街を出ることが本気ではなかった罪悪感もある。
『我はこの都に1200年あまり憑依してきた。そしてここ100年ほどで、この都は急激に汚れた。人間たちの発展によってな』
なるほど、と朝祇は納得した。京都が戦後、大都市として急激に都市化したために、土壌汚染などの環境破壊が進んでしまったことが原因なのだろう。
『それに、北には数百年前から虚無界でも最も不浄なものの一部が封印されておる。じわじわと、その穢れが地中に染みだし続けておるのだ』
「不浄なもの?」
『不浄王。かつてこの国を病で荒らし回った、この世の穢れの集合体のようなものだ。明陀宗が封印を管理しておる。お主も交流があるだろう』
「明陀宗…」
明陀宗といえば、勝呂を座主とする子猫丸や廉造の属する宗派だ。そんな謂れがあるとは知らなかった。封印しているくらいだ、あまり口にしない方がいいだろう。そもそも、この非科学的な話を信じられるようになったとはいえ、すべてを信じることができるわけではない。
「それで、この街を出たいんだ」
『そういうことだ。しかし我はこの地に封じられている身。お主を通して、憑依できないものからの力を吸収して溜めようとしておったのだ』
だが、と声の主はため息をつく。ちょっと人間臭いリアクションに笑う。
『何がおかしい』
「いや?…じゃあさ、お前の正体教えてくれよ。そしたらなんか手伝えるかもじゃん?」
『お主に我を解き放てるか』
「そこまでするとは言ってないけど、なんかこう、浄化〜フワァ〜みたいなのあるかもだろ」
『阿呆か』
まさかの超常存在からのツッコミが入った。確かに、ちょっとバカそう過ぎる。
『まぁ、良い。我は多くの呼び名があるが、主に黄龍と呼ばれておる』
「聞いたことあるな…四神の長?」
『そういう伝承もある。実力では確かにそうだが、元は人の信仰対象の違いでしかない』
四神とは、青龍、朱雀、白虎、玄武のことだ。それぞれ木、火、金、水を象徴する。また、東、南、西、北を司る。黄龍はその頂点。土を象徴し中央を司る。
「神様じゃん!なるほどな、じゃあなんか方法ないか探してみるよ」
『なぜだ?お主にメリットはないだろう』
「いや、だって人間のせいでここに閉じ込められて、汚されてんだろ?たまたま責任取れるのが俺だけだったってだけ」
『……おかしなやつよ…』
とりあえず邪悪なものではないようだ。それならば心配あるまい。
『この夢も力を使っておる、特別にお主の家族以外の近隣のものから力を吸収しておいたぞ』
……前言撤回、やはり油断ならない。