青エク

□縮まる距離
1ページ/3ページ

純日本式の木造住宅、その居間に、廉造は胡座をかいて座っていた。柱にかかった時計が夕方17時を告げる。縁側からはオレンジの日差しが差し込んでいた。


「待たせたな、廉造」


そこへ、襖を開けて二人の男が入ってきた。長身で短い黒髪の男、志摩家次男の柔造と、廉造と同じくらいの背で金髪の四男、金造だ。廉造が事前に話があると呼んでいた二人だ。


「で、話ってなんや」

「手短に頼むで」

机を挟んで座った柔造が切り出す。その隣の金造はめんどくさそうな様子を隠さない。


「あんな、学校のことやねんけど。クラスに、東京から来た子がおんねん」

「東京から、また珍しなぁ」


柔造は感心したように頷く。金造は「かわええんか」と食いついてきた。いつから女子だと錯覚していた。


「めっちゃイケメンや」

「死に晒せ」

「アホ…で、その子がどないした」


軽く諌めてから、柔造は続きを促した。廉造は頷いて話を進める。


「一昨日までなかった、入れ墨みたいなんが全身に広がっとってん。1日であんなはっきり入れ墨は入らん…魔障や」

「…全身、か」


柔造と金造の纏う雰囲気が変わった。それぞれ上級、中級の祓魔師として実戦に出ているだけある。
勝呂を守るという使命があるため、学校の不穏分子は気になるところだ。


「様子はどないや」


先程のチャラけた様子はどこへやら、金造は真面目な表情になっている。


「普通や。ちょっとぼーっとしとったけど…まぁ、そもそもいじめられとるし、そこは何とも言えへんな」

「いじめられとるんか」


柔造は顔をしかめた。子供が好きなこともあり、気分のいい話ではないらしい。その点、金造は興味なさげだし、廉造自身もそうだった。


「東京もんやからなぁ。言うとくけど、俺が守らなあかんのは坊であって、正義のヒーローするつもりはあらへんで」

「普通はそれでもええ。せやけど、いじめが悪魔呼んだ原因の可能性もあんねやで。無視できひん」


柔造の言うことも一理あった。何事も因果関係がある。全身に模様が現れるほどであれば、かなり深く悪魔と繋がっているはずだ。少しでもリスクをヘッジするには、あからさまな要因からでも消していかねばならない。


「まずは模様の解析をせんことには進まん。廉造、まずはその子の気ぃ晴らして、少しでも悪魔に依存せんようにし。そんで、近いうちにその子連れてきて模様見せたってくれ」

「柔兄…また簡単に言いはるけど…」

「つべこべ言わんと!何のためにチャラついとんねん!」


少なくともこのためではない、と思いながらも、後継者には逆らえない。廉造はへぇと了解して、自室に戻った。



***


5月も10日を数えた頃、各教師から中間テストの告知が始まった。クラスから呻き声が上がるが、一応私立の学校だけあって、容赦ない範囲が提示された。
その昼休み、朝祇の前の席に廉造が座り、「テストなんて滅びてまえ…」と顔を手で覆っていた。

最近、よく廉造が絡んでくる。教室移動であるとか、体育であるとか、色々なところで話し掛けてくるのだ。
昼休みは、こうして朝祇の前の席に勝手に座り、窓側の壁に寄り掛かって朝祇と喋る。
先日の体育でのファーストコンタクト以来、一番話すようになった。


「志摩、成績良くないわけ?」

「推して図ったって…」

「見て分かるかな」

「ひど!?」


こうやって軽口を叩いてクスクス笑えるのも、廉造のおかげだ。正直、一人でいじめに耐えるのは参っていた。廉造と話すようになって、奴等もちょっかいをかけづらくなったようだ。


「一ノ瀬君は成績ええのん?」

「東京いた頃は学年で10位以内キープしてた」

「うっわホンマかい!!よし、よろしゅう頼んます」

「何も言ってねえだろ」


完全に勉強に付き合わせる気だ。今回は東京ですでにやった範囲だったから余裕があるが、毎回こんな広い範囲から出るなら、かなり大変だろう。


「ホンマ頼むで!俺、正十字学園志望しとるから成績落とせへんのや…!」

「えっ、東京の名門の?」

「せやで!試験は3科目とはいえ、内申がまずいねん…!」


何というか、少し意外だった。てっきり廉造は京都の高校に進学するのだと思っていたからだ。
女子から聞いた話だと、廉造は他のクラスの勝呂という生徒が座主の血を引く仏教宗派の僧正らしい。だから、寺のために京都に残るのだと思っていた。


「じゃあ、東京行くんだな」

「おん。一ノ瀬君は京都残るん?」


朝祇は東京の高校に戻るなど考えたこともなかった。正十字学園は都内では数少ない全寮制だから問題ないだろうが、普通の都立高校は東京に居住していなければ通えない。シングルマザーの朝祇の家に、そんなところに通う余裕などなかった。
それでも、やはり東京に戻りたい。

そんな葛藤が沸いてしまって、しばし答えられなかった。


「…、まだ、決めてない」

「そうなん?まぁ、頭ええならどこでも行けるしなぁ」


東京の町並みが無性に恋しくなる。
脇腹が少し、痛んだ気がした。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ