青エク

□千年の都へ
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春はさすがに、東京も京都もあまり変わらないらしい。
暑くて寒いイメージのあった街だが、春はそう気温に大差はないようだった。

一ノ瀬朝祇は真新しい制服に身を包んで、暖かな風を感じながら四条通を東に向かって歩いていた。四条通は碁盤の目状になっている街路の、東西に伸びるもののひとつである。道を挟んで南が下京区、北が中京区だ。
京都駅と二条城の中間辺りであり、京都の中心である。また、この道を東に行くと祇園へと通じる。

そういえば、と朝祇は事前に勉強してきたことを思い出す。
京都では、北に行くことを上る(あがる)、南に行くことを下る(さがる)といい、東に行くことは東入ル(いる)、西に行くことを西入ルという。

また、洛中では住所を郵政表記ではなく、交差点とこの方角表記で表す。
まずその住所の建物が面する通りを表記し、ついで最も近いところで交差する通りを表記し、その交差点からどの方角に行くのかを表記する。ちなみに通りの送り仮名「り」は書かない。
例えば、四条通に面していて、一番近い交差点が東洞院通であり、その交差点から東の方角にあるならば、「四条通東洞院東入ル」と書く。このあとに郵政表記の住所を記すのだ。

四条通を真っ直ぐ行ったところにある京都最大の繁華街、四条河原も同じ原理でつけられた名称だ。

そんなことを思い出してから、朝祇は自身の学校の住所を思い浮かべる。
四条通堀川西入ル、だったはずだから、この四条通を堀川通の手前まで行けばいいわけだ。慣れればとても分かりやすい。
そこに、この春から朝祇が通う私立の中学校がある。さすが京都というべきか、制服は学ランだ。東京では絶滅危惧種である。

この春から、といっても朝祇は新入生ではない。むしろ、これから中3になる。
これまでずっと東京で暮らしていたが、家の都合で京都に引っ越してきたのだ。
いくら有名な都市といえど、寺社仏閣が多いことを除けばただの地方都市。東京の刺激的な毎日が、すでに恋しかった。


***


(また坊たちとは違うクラスなんねんな、まぁ、その方が楽なんは事実やけど)


四条通に面する私立中学校。始業式を終え、教師が来るまでの間、志摩廉造は自分の席でぼんやりとクラスを見つめていた。名前順の席のため、廉造は廊下から3列目の真ん中辺り、あまり良くないポジションだ。もちろん、寝る上でである。

志摩家は明陀宗という仏教宗派の僧正一族だ。廉造はその五男である。そのため、同じく僧正一族の三輪子猫丸とともに、明陀宗座主一族の嫡男、勝呂竜士に仕える立場にある。
これほどきっちりしているところは少ないが、やはり京都という場所柄、宗教的なものや華道、茶道の家元、老舗旅館など古くからの家柄主義は少なからず残っている。
廉造が学校内でも、勝呂に対して敬語を使うことも、あまり不思議に思われたことはない。
その勝呂も子猫丸も、結局3年間同じクラスにはならなかったが。

私立といえどそう大きい学校でもない、そもそも交遊関係が広い廉造にとっては見慣れたメンバーばかりだった。
代わり映えのない新学期は、まったく退屈だ。

数百年前から変わらない明陀宗のしがらみも、まったくつまらない。

何か、面白くて刺激的なことでもあらへんかな、と廉造は周りの女子のメンツを確かめながら考えた。色恋沙汰はその最たる例である。


「よーし、ホームルーム始めるで」


そこへ、前方の扉が開いて教師が入ってきた。ガヤガヤとしていたクラスが静まり、教師へと視線が向かう。


「俺の自己紹介はさっき始業式で終わったさかい、さっそくみんなの自己紹介聞いてこか。ほんじゃ、前から」


学校に慣れた3年だからか、教師はさっさと自己紹介に入った。もっとこう、何か話してからじゃないのか、とは廉造も思ったが、クラスは少しざわついてからすぐ受け入れて、自己紹介が始まった。


「志摩廉造いいます。知っとるやつ多いねんけど、こう見えて寺の子やったりします」

「よっ、歩く煩悩!」

「やかましわ!まぁ、よろしゅう」


廉造の遊び人ぶりを知る男子から声が上がり、クラスが笑いに包まれる。ツッコミを入れてやってから、無難に締めた。

その後、どんどん自己紹介が続くが、廉造にとっては知っている者ばかり。特に面白いものではなかった。


「よし、じゃあ最後!」


いよいよ自己紹介が最後になった。
教師に促されて立ち上がった生徒をみて、少しざわつく。特に前方の生徒たちで、廉造を含め、あまり後ろを注視していなかった者たちだ。


(うっわ、なんなんあれ、めっちゃイケメンやん…あんな子ぉ知らんわ)


立ち上がった窓際の一番後ろにいる生徒は、黒髪ながらスタイリッシュに立たせたイケメンだった。クールな印象を受ける。
これほどの美形であれば廉造が知らないはずない。


「一ノ瀬朝祇です。東京から来ました。1年間だけだけど、よろしくお願いします」


ぺこり、と頭を下げて座る様子は、どこか洗練されている。東京から来た、というのも分かる。
道理で知らなかったはずだ、と廉造はひとりごちて、前に向き直った。


男には興味ない。
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