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□生来、将来、信頼
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あの夜から数日、灯水は焦凍と一切話していない。互いに互いを避けるように動いていた。
灯水は焦凍を避けて切島たちと過ごしていたし、焦凍も灯水に気を遣ったのか1人で過ごしているため、結果いつも一緒にいる飯田と緑谷だけが残されるという形になった。2人とも不思議そうにしていたが、何となく、そういう張り詰めた雰囲気というのは分かるものなので、わざわざどうしたのか聞きに来ることはなかった。
切島たちも気にしているようだったが、灯水が一言「喧嘩した」とだけ言うと、それ以上話したくなさそうな様子に深入りはせず、「早く仲直りできるいいな」とだけ言ってくれた。
そんな皆の優しさのおかげで必要以上にあのことについて考えることはなく、あっという間に土曜日がやって来た。
今日は、インターンの志望をしているサー・ナイトアイの事務所に行って、面接を受けることになっている。
指定の時間に校門にやってくると、制服姿のミリオがいた。
「ミリオ先輩、おはようございます」
「おっ、おはよう!緑谷君は一緒じゃないのかい?」
「え、緑谷君ですか?」
なぜ、と思ったところへ、寮からものすごい勢いで走ってくる生徒の姿。フルカウルで全力疾走してくるのは緑谷だ。
「おはようございます!!」
「あはは、元気だね問題児!おはよう!」
「おはよう、緑谷君」
「あれ、灯水君?」
どうやら、ナイトアイのところへインターンを希望するのは灯水だけではなかったようだ。緑谷も一緒らしく、ミリオはそれを把握していたようで、揃ったところで出発することになった。
「灯水君もサー・ナイトアイ事務所に?」
「うん、緑谷君も?」
「そうなんだ」
連れ立って坂道を下り、最寄り駅から電車で1時間。その間、ミリオは他愛無い話をして少し緊張する2人を和らげてくれた。ここ数日、焦凍ととのことであまり話していなかった緑谷とは、気まずいとは言わずとも、ちょっと気にしてしまう部分はあった。なので、率先して空気を和ませてくれるミリオにとても感謝する。
やがて、5階建てのビルの前に3人はやって来た。
「ここがナイトアイの事務所だよね!」
「おぉ…!」
いよいよビルを目の前にすると、緑谷が緊張で固まる。よく大胆なことを仕出かすくせに、なぜこんなところで硬くなるのだろうか。
「おいおい角ばるなよ!よくないぜ」
ミリオは見かねてそう言うが、そう言いつつすぐに言葉を続けた。
「言いそびれてたけど、サーはとても厳しいんだよね」
「存じております…自分にも他人にも厳しくストイックな仕事が有名なヒーロー…モニター越しでもあの鋭い眼差し、ゾワッとしましたよ」
固まるなと言いつつ硬くなるようなことを言うミリオに、緑谷は自分から緊張を高めるようなことを言った。灯水もそうしたナイトアイの一面は知っているが、苛烈な性格は父親でよくよく経験済みだ。そこまで緊張はしていなかった。
ただ、一つだけ不安なことはあるのだが。
そんな灯水をよそに、ミリオは入口に向かいながら話を続ける。
「それもだけど、サーにはメディアと違うもう一つの顔がある」
「…!?」
「門前払いされたくないのなら…これからサーと会って話し終わるまでに、サーを必ず一回笑わせるんだ」
「へ…っ!?」
「えっ、」
そのミリオの情報は灯水も驚く。あの堅物しかりとした風体の男は、笑うことを忘れたかのような印象すら抱かせる。
なんでも、だからこそなのか、ナイトアイはユーモアを最も大事にするのだという。だから、ユーモアのある者が事務所には求められる。
「俺ができるのは紹介までで、君らを使うかどうかはサーが決める。俺も協力してやりたいけど、ここからは君ら一人一人でサーに認めてもらうしかない」
事務所の扉を開き、廊下を進みながら言うミリオ。その背中に、緑谷はぽつりと尋ねた。
「今更ですけど…会ったばかりなのに、先輩は何で良くしてくれるんですか…?」
「別に良くしてるつもりはないけどね。君たちはめちゃくちゃな目標をもって、それを実現しようとしてる。困ってる人がいたらお節介やいちゃうのは、ヒーローの基本だろ」
ニコリ、と笑って言ったミリオは、確かにヒーローで、実力だけでなくこうしたところも、まさにNo.1に近いと言われる所以なのだと思った。