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□気付けなかったこと
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一夜明け、焦凍と灯水は壊滅した神野区から自宅へと戻って来た。緑谷たちは隠れて来たそうなのでこっそりと戻り、2人は宿泊した警察署から送られてきた。灯水はしばらく警察の許可がないと家から出られない。いくらオール・フォー・ワンを逮捕できたからといって、黒霧を逃がしたために次いつまた拉致されるか分からないからだ。
メディアは当然だがずっと神野区事件のことを報じている。ウェブニュースもテレビもすべて、一夜にして瓦礫の山と化した横浜市の中心部郊外の街の惨状でもちきりだ。車で送られながら、上空を多くの報道ヘリが飛び交う音がずっと聞こえていた。
そんな中で自宅に着くと、意外にもメディアの姿はなかった。エンデヴァーの息子が拉致されたというのは報道されていたようだったから囲まれていると思ったのだが、炎司が追い払ったのだろう。世間の評判がすでに悪い炎司だからこそできたことかもしれない。
和風の玄関の前で送ってくれた警察に礼を言って扉を開くと、ばたばたと音がして冬美が姿を現した。
「灯水!!!」
「姉さ、うわ、」
冬美は靴も脱いでいない灯水を思い切り抱き締めた。玄関の床との差で、冬美の肩に思い切り鼻が当たって少し痛むが、それ以上に、耳元で涙声になる姉に心が痛む。
「良かった…!灯水、けがはない?大丈夫…?」
「…大丈夫だよ、姉さん。俺こそ心配かけてごめん」
「心配するわよ、当たり前じゃない。家族なんだから。だから謝ることでもないわ」
そう言って冬美は体を離す。その目はまだいつもより水分量が多いようだったが、もうしっかりとしていた。
「今まで灯水はなんか心配いらない子って意識が強かったから、今回こんなに心配して、ちゃんと気に掛けるべきだったって気付いたわ」
「姉さんのせいじゃ…」
「ううん、焦凍の方が手がかかるから、自然とあなたのこと見えてなかったの。まだ事件は完全に解決したわけじゃないし、むしろ今後の方が色々と大変だわ。これからは、しっかりあなたたち2人のこと気に掛けてやるんだから」
さらった厄介者扱いされた焦凍は苦笑する。心当たりしかないからだろう。冬美の言葉は、まだ反射的に「心配する必要はない」と言いたくなってしまう。だが、こうして気に掛けられることがひどく安心できてしまうのも確かだった。
するとそこに、奥から激しい音が聞こえてきた。爆発音だ。道場から聞こえてくるそれは、炎司によるものだろう。冬美は困ったように笑う。
「ちょっと前に帰ってきてね、ずっとああなの」
突然、世間に萎れた姿を晒したオールマイト。まだ何の発表もないが、必死の様子はオールマイトの限界を察するには容易だった。炎司はそれを悟り、自らの力、焦凍たちのことも含めてだが、超える前にオールマイトがトップからいなくなることを感じて荒れているのだろう。
焦凍と2人、その様子を垣間見てから、2人は寝室に戻った。焦凍は考え込んでいるようだったが、その表情はそう硬くない。恨みなどはなく、むしろ同情に近かった。
「…あいつは、」
そして焦凍は口を開く。荷物を置いて畳に座しながら、そちらを向いた。
「…可哀想なヤツだな」
「……そう、なのかもしれないね」
可哀想、それはバカにしたようなものではない。焦凍に他意はなく、ただ、憎しみに囚われ続ける様子に自身を重ねているのだろう。自分に向けての言葉でもあるのかもしれない。
「…そうだ、今日は一緒にお母さんのところに行くぞ」
「えっ、母さんのとこ?」
「ああ。心配しすぎて熱出したらしい。今日見舞いに行けそうなら、2人で行こう」
「…わかった」
今まで2人で行ったことはなく、むしろ焦凍が体育祭から週一で見舞いに行くようになってからは行っていない。もともと灯水は月一で会っていたから、スパンとしてものすごく間が開いたわけではないのだが、初めて2人で行くとなると少し身構える部分はある。しかし、焦凍がそれを察して灯水の肩を叩いてくれたので、後ろ向きな気持ちにはならなかった。