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□神野区の悪夢/後編
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揺れの少ない新幹線は比較的新しいもので、焦凍は切島と並んで進行方向と逆に座席を回転させて弁当を食べていた。2人の前には八百万と緑谷、そしてその後ろには飯田がいる。
長野の山中の暗闇を走る新幹線の窓は、その暗闇によって鏡のようになり、明るい車内で照らされた一行の暗い顔を写していた。

昨日、焦凍と切島は生徒たち単独で爆豪と灯水を救け出すことを計画した。それを今日クラスに伝えると渋い顔をされたし、緑谷の見舞いということで自宅から来てくれた皆にまた暗い表情をさせてしまった。
いったん自宅に戻ってからもう一度病院まで赴き、そして八百万と緑谷に声をかけた。八百万はデバイスの創造のため、緑谷は焦凍たちと同じく最も悔しい思いをしているのではないかという理由からだった。

クラスの反対を押し切り、蛙吹には「敵と同じ」と、麗日には「爆豪は嫌なのではないか」ということを言われたが、焦凍たちの決心は揺らがなかった。
切島はここで行かなければ自身の矜持を保てないと切実に叫び、焦凍は今度は自分が灯水を救けるのだという決意に満ちていた。

そんな2人や緑谷が無茶するのを防ぐという意味で八百万は同行することを賛成してくれたし、飯田も最初は止めようとしたが、自身も監視役としてついてくると決めた。
焦凍は改めて、皆の気持ちに思いを馳せる。


悔しい気持ちと、あまりに大きい事態に個性を使って戦闘することを控えなければならないジレンマの中、戦わずに救出するという無茶なことをしようとしている切島と緑谷。特に緑谷は、焦凍と同じくステインの一件でともに大人に許された身、身勝手に個性を使うことの間違いを痛切に理解している。それでも、そういったことを考えるよりも先に、救けたいと思ってしまうのだ。

八百万は、きっと内心で賛成していないだろう。無謀な試みだと、焦凍たちが思い知って諦めることを期待してセーブ役としてついてきてくれているのだと思う。期末以降は冷静に判断できるようになった優秀な彼女だ、もちろん灯水たちを救けたい気持ちもあるだろうが、大人たちの邪魔になりかねないことへの危惧もあるだろう。

そして飯田は、病院の前で悲痛なまでにその思いを語ってくれた。緑谷を殴り、ともに特赦を受けた焦凍たちが私的に動くことを咎めた。自分と同じようになってほしくないと、後遺症の残る腕を震わせていた。
とりわけ、大けがをした緑谷がまた無理をして自身の兄のようになってしまったら、という叫びは、緑谷や焦凍の心を揺らすには十分だった。それでも、止められない。
だから飯田も監視役としてついてきてくれる。彼は、そして八百万は、焦凍たちを守ろうとしてくれているのだ。

少し前なら、焦凍はこんなことを考えもしなかっただろう。皆の気持ちに心を寄せて考えるなどしようと思わなかった。体育祭で緑谷に変えられてから多くのことに気づいてきたことのひとつだ。
今までそんな焦凍の隣で、不完全な焦凍を守ってくれていた灯水のことには何も気づかずに。
今度こそ、焦凍が守るのだ。


「一応聞いとく。俺たちがやろうとしてるのは、誰からも認められねぇエゴってやつだ。引き返すならまだ間に合うぞ」

「迷うくらいならそもそも言わねぇ!あいつらは敵のいいようにされていいヤツらじゃねぇんだ」

「僕は…後戻りなんて、できない」


切島も緑谷も、静かに硬い決意を燃やす。八百万と飯田は、そんな3人を見つめていた。
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