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□林間合宿と混乱
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合宿三日目、また昨日と同じように訓練が始まったが、灯水は集中を欠いていた。昨晩から朝食、今に至るまで他の生徒との接触をなるべく避けているのだが、頭にどこかモヤがかかったような、そんな感じだった。思考と体が分離している感覚だ。
避けようと思えば簡単で、特に全員疲れた早朝だったこともあり皆無言だったからだ。そうして訓練に至るわけだが、微細なコントロールが必要なこの訓練でこのような頭の状態ではまったく身にならない。

冷水に浸かって蒸気と熱湯を出そうとして、熱湯ではなく冷水になってしまった。体温を上げられていないのだ。蒸気も出ずに熱湯である。
寒いものは寒いので体が震えるが、それでも思考はクリアにならなかった。

昨日、あのあと、切島たちには曖昧に笑って謝った。そんな自覚はなかったと言って謝罪をし、さっさと部屋に戻って寝たのだ。幸いにも切島たちは補習があって同じ就寝時間ではなかったので、尾白たち他のメンバーこそちょっと気まずそうに見ていたがそれだけだった。
焦凍は灯水の空気の変化にいち早く気づいていたが、灯水が「聞かないで」と先に言ったので追求してこなかった。今も、隣のドラム缶にいながら話しかけてくることはない。

訓練が始まって少しすると、相澤が回り始めた。補習組だけでなく、青山や麗日などそれぞれに発破をかけている。


「気を抜くなよ、皆もだらだらやるな。何もするにも原点を常に意識しとけ、向上ってのはそういうもんだ。なんのために汗かいてなんのためにこうしてグチグチ言われるか、常に頭に置いて置け」


原点。灯水にとっての原点。
それは間違いなく、焦凍を守りたいという気持ちだった。焦凍を守って家族の心配を焦凍だけに向けられるような兄でいたい、そんなヒーローになりたい、それが灯水の原点だった。
それをもとに、今に至るまですべてを焦凍のことを基準として生きてきた。すべての努力も、他人に対して笑顔を向けて敵を作らないような人付き合いをしてきたのもそうだ。

しかし、体育祭をきっかけに焦凍は解き放たれ、良い方向に向かい始めた。友人とともに左側の個性も使って切磋琢磨している。
一方で、そんな焦凍の成長によって存在意義がなくなった灯水の心の器は、体育祭以降どんどん中身が漏れていき、そして昨日、最後の拠り所だったA組の仲間に対して不信を抱かせるようなコミュニケーションしか取れない自分に気づかされ、自分にはもう何も残っていないのだと、すべてが壊れ器は空っぽになってしまったのだと気付いた。

いわば最後の砦がA組の一員であることだったのだ。それすら、自分のせいで壊してしまった。こんな人格破綻者が必要とされるような場所ではない、もっと素敵で優秀な人がこのクラスにいるべきだし、皆はそうなのだから。
あらゆる意味で灯水は出来損ないのままだった。

そう分かってしまえば、A組の中にいることが何だかいたたまれなくなって、なんでヒーローになりたいかも、轟灯水という人間の価値すらも見いだせない矮小さに震えた。

ある意味、灯水の原点は”出来損ない”であることなのかもしれない。そこに戻って来ただけなのだ。ごく自然なことである。炎司は個性という意味で言っていたが、きっと人間として灯水は出来損ないなのだ。
だがその分、焦凍は素敵なヒーローになれるとも思う。灯水の不完全な部分は、焦凍がちゃんと持っている。なぜなら灯水たちは二卵性の双子、この不均等はそういうことだ。
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