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□迷い―保須事件
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体育祭から丸二日が経ち、登校日となった。5月に入って雨の日が増えていたが、この日も雨である。
灯水と焦凍はいつものように家を出て駅へと向かう。雨の日の外出は煩わしくて好きではない。
そう思って若干気分の良くないまま歩いていると、駅の改札を入って人込みを歩いているところにテンションの高い声をかけられた。
「ねえ、あれ雄英の轟兄弟じゃない!?」
「え!ほんとだ!本物!?」
「すごい!!」
よく響く高い声はどうやら女子高生たちらしい。キャッキャと騒ぎながらこちらへ駆け寄って来た。3人寄れば、ではないが、彼女たちのような性格だと臆せず近寄ってこれるのだろう。事実、通りゆく人々は興味深そうにこちらを見るものの話しかけたりはしなかった。
「体育祭見てました!握手してください!」
「テレビよりイケメン!強くて格好良かったです!」
「ファンです!!」
「え、どうも、ありがとうございます」
灯水は一瞬それに気圧されたが、なんとか笑顔で握手に応じた。肘でこっそり焦凍を叩くと、焦凍も応じる。また騒ぎながら去っていく女子高生らを見送ってから電車に乗ると、そこでも声をかけられた。
「おお、轟兄弟じゃないか!」
「体育祭見たよ、すごいな2人とも!」
「お疲れさま、今後も期待できるわね」
体育祭当日と同じく、電車内ということで話しかけやすかったのだろう、周りの人々に口々に褒められる。見ず知らずの人にこうして声援をもらうほどの学校行事って、と灯水は改めて雄英のすごさを実感する。
特に2人はともに2位と3位だったからか、双子という分かりやすさもあって多くの人に認知されていた。
「2人とも爆豪君と実力は大差ないもんな、誰が1位でもおかしくなかったよ」
「ありがとうございます、課題も多く見えたので頑張りたいと思います!」
それに対して笑顔で応対しているのもこの前と変わらない。だが、焦凍もはっきりと礼を言った。
「応援ありがとうございます」
抑揚のないものではあったが、自分からそういうことを言うとは思わなかったため少し驚く。
焦凍は、体育祭と翌日の母の見舞いで、やはりはっきりと変化の中にある。母との会話は思った通りのもので、母は焦凍に改めてなりたいものになっていいのだと語ったという。
ようやく完全に吹っ切れたらしい焦凍は、少しずつ、良い方向へ変わろうとしていた。
***
学校へ着くと、2人はまっすぐ自分の席につく。これはいつものことだ。
灯水は室内の暑さを感じたため、ブレザーを脱いでワイシャツと黒のベスト姿になる。周りのクラスメイトたちは、朝たくさん声をかけられたという話題で盛り上がっていた。皆同じだったようだ。
そのざわつきも、予鈴と同時に教室に入って来た相澤の登場で一気に静まりかえる。相澤は包帯が取れていて、肌に跡は残っているもののもう大丈夫そうだと分かった。
「相澤先生包帯取れたのね、良かったわ」
「ばあさんの処置が大げさなんだよ」
安心したような蛙吹の声に相澤はため息交じりに返す。それもあるだろうが、相澤の怪我は重傷だったのだ、無事で本当に良かった。
「んなもんより、今日のヒーロー情報学、ちょっと特別だぞ」
「特別」、相澤の特別という言葉にトラウマしかないA組はごくりと続きを待つ。
「『コードネーム』、ヒーロー名の考案だ」
「胸膨らむやつきたあああああ!!!!」
わっと沸く室内、ぎらりと輝く相澤の目、そして再び静寂に包まれるA組。何事もなかったかのように相澤が話し始めるまでがテンプレートだ。
「というのも先日話した『プロからのドラフト指名』に関係してくる」
ドラフト指名というのは、体育祭の日に、終了後相澤が話したものだ。卒業後にすぐ事務所入りして相棒(サイドキック)として活躍するのに、この指名というものが重要になる。
通常、この指名が本格化するのは経験を積んで即戦力となる2,3年からだそうだ。そのため1年のうちにもらう指名は興味本位に近い。
もちろん、このあと雄英で先方の思うような働きができなければ指名取り消しもあり得る。
「いただいた指名が、そのまま自分へのハードルになるんですね!」
「そ。で、その指名の集計結果がこうだ」
葉隠の解釈に相澤は頷く。レベルの高い事務所であればあるほど、今後の自身の活躍を大きなものにしていかなければならない。