青エク

□転機と決意
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出雲を含めた6人で移動すると、路面電車の駅にはすでに宝としえみ、そして雪男とシュラがいた。遅刻ではない。
これで全員揃ったため、雪男が笑顔で挨拶を始めた。


「今日から楽しい夏休みですね!…と言いたいところですが、候補生の皆さんには今日から3日間、林間合宿と称した実践訓練を行います。引率は僕、奥村と、霧隠先生が行います」

「にゃほう」


なんだその返答は、と思ったが気にしないでおく。ぶっ飛んだ人なのは見た目に明らかだ。


「この訓練は、本格的な任務に耐えられるかどうかのテストも兼ねています。気を引き締めて頑張りましょう」


雪男の言葉に、全員の威勢のいい返事が返される。だが、朝祇は元気よくとはいえなかった。胸中にはやはり留学のこと。これではいけないと分かってはいるのだが、快晴の青空を憎らしく感じるくらいには心に余裕がなかった。



***



路面電車に20分ほど揺られ、一行は学園下層の森林区域にやって来た。広大な森林は、東京都心には珍しい完全な立ち入り禁止区域となっている。ここなら確かに大規模な実践訓練が可能だ。


「おー!ピクニックみたいでワクワクすんな!!」


どこまでも続く森に、燐はテンションを上げて辺りを見渡す。ピクニックという単語が似合うチンピラも珍しい。


廉造は何やら不埒なことでも考えているのか、ニヤニヤとしている。どうせフォークダンスでもするのかと考えているんだろう。
そこに、近くの木から蜘蛛が糸にくっついて降りてきた。至近距離でそれを見た廉造は、悲鳴をあげて近くの朝祇に抱き着いた。


「ヒィッ!!蜘蛛!!蜘蛛や!!」

「うっわ、でか!やめろ暴れんな!!」


抱き着かれた朝祇も廉造とともに後ずさる。都会暮らしが長かった朝祇も虫は得意ではない。咄嗟に朝祇はパニックになった廉造から虫除けスプレーを奪い、抱き合う2人の真上に吹き掛けた。
フワァ、と霧状の虫除け剤が降り注ぐ。


「これで我らは救われた…アーメン…」

「南無…」

「はよ荷物持てや!!」

「はーい」


勝呂の怒声に、ようやく2人は離れて大きな荷物を背負う。燐は「ダッセー」とケラケラ笑っていた。とりあえず朝祇は燐の腰の下、尻尾の付け根あたりに軽い膝蹴りを入れておいた。




それからしばらく、重い荷物とギラついた日光に体力を削られ、汗だくになりながらのハイキングをした。燐はシュラの分まで持っている。


「うおおすっげぇ!!冷てえ!!飲めっかな〜これ!!」


しかも、テンションが高いままだ。はしゃぎ回る様を見て、廉造は「体力宇宙」と称した。いい得て妙である。

30分ほど歩いて、ようやく一行は広い空き地にたどり着いた。土がむき出しの空間の真ん中に集まり、荷物を置いて座り込む。全員息を切らしていた。


「それでは、拠点を設営します。男子は僕とテントの設営と炭熾し、女子は霧隠先生の指示で魔法円の作画と夕食の準備をお願いします」


雪男は息も切らさず指示を出す。しかしさすがに真っ黒なコートは脱いで半袖姿になる。


「やっと脱がはったで」

「超人かと思ったわ」


勝呂と廉造はそんな様を呆然と眺めたあと、荷解きを始めた。朝祇も倣ってテントの布を広げ骨組みを並べる。
キャンプは何度か経験したことがあるため、要領は得ている。途中、燐がテンションが上がりすぎてテントを壊し、勝呂に怒られていた。面倒見のいい勝呂が兄貴に見えてくる。

やがて日が沈んで来ると、女子は料理を始めた。下準備のため野菜を切っている間、男子で炭熾しをするが、たどたどしい出雲としえみの手先にハラハラしてしまう。

それは燐も一緒だったようだ。見かねて、「あぁもう貸せ!」と包丁をとる。


「一ノ瀬、皮頼む」

「おっけー」


燐に頼まれ、朝祇も加勢する。2人が料理ができることを知っているのは廉造と雪男だけで、他はポカンとしている。廉造も燐が料理をしているところを見るのは初なため、がさつそうな燐が細やかな手つきで野菜を同じサイズで切り刻んでいくのを興味深そうに見ていた。
朝祇はジャガイモや人参を次々と皮を剥いていき、それを燐に渡すと燐が素早く切り、お湯に投下していく。皮を待つ間に灰汁抜きをするのも忘れない。一通り剥き終わると、指示を受ける前に朝祇は火の上に置いた鉄板で軽く肉を焼いておく。
そして、燐とほぼ同じタイミングで野菜と肉のすべての投下が終わった。
完璧な分業である。
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