青エク

□千年の都へ
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始業式から1週間、特に何事もなく朝祇は過ごしていた。最初は他の生徒たちに質問攻めされていたが、飽きたのか今は落ち着いた。
周りの生徒と当たり障りない話をすることくらいはあるが、どこかみんなよそよそしい。やはり、東京出身だからだろう。女子はミーハーなやつが話し掛けてくるが、友達というわけではない。
東京にいる頃からモテないわけではなかったが、東京の子は可愛かった。ようは、こちらも選びたい。
男子はまったく話し掛けて来ない。「あの東京もん、調子くれとるな」という陰口をトイレで聞いたくらいだ、これからも期待できない。

正直、それはそれで良かった。どうせあと1年で卒業するのだから、友達などいなくても構わない。
もともと、朝祇は一人でいる方が好きだ。人付き合いとして、友達と渋谷や原宿で遊んでいただけで、時間があるなら一人でいたい。
それが叶うのだから、むしろ願ったり叶ったりだった。


だがこれはないだろう、と思う。


朝、学校に来ると、机の中に仕舞っていた教科書が悪口で黒くなり、ノートがズタズタに引き裂かれていた。咄嗟にもう一度仕舞い、周りの目を盗んで鞄に突っ込んだ。
机にも落書きがしてあるが、それは支障がないのでとりあえず無視する。

もし休み時間にやって来る女子の群れに見付かれば、確実に「ちょっと男子ィ〜」が始まる。それはあまりにも面倒だ。朝祇は悲惨なことになった持ち物を隠してやり過ごすことしかできなかった。

そうしてさらに1週間が経ち、4月も終わりに近付くと、やり過ごす朝祇に焦れたのか、給食にシャーペンの芯を砕いて混ぜたり、上履きに画鋲を仕掛けたりとエスカレートし始めた。田舎はいじめまで古風なのか、と朝祇は四方を敵に回すようなことを思ったが、あと1年と言い聞かせて耐えた。

本当は殴ってやりたいところだが、母のことを考えるとそんな手段には出れない。
東京で結婚した父親と離婚し、母親は朝祇を連れて実家のある京都へと戻ってきた。シングルマザーとなった母親は、祖母に手伝ってもらいながらも、働いて朝祇の生活を見てくれている。
教育のため、公立を避けて私立に朝祇を通わせているのも、母親の努力によるものだ。そんな母親を、心配させたくなかった。

***

そんな状態が続き、5月5日の夜。
端午の節句を祝う料理を祖母が振る舞ってくれた晩に、それは起こった。

寝ていると、不思議な夢を見た。

暗闇の中、1本の棗が立っている。他は真っ暗闇だが、その棗はそれ自体が発光しているかのように明るかった。
その根本で、朝祇は立っている。光沢のある葉を撫でると、どこからか声が響いた。


『人の子よ。ここにいる理由は分かるか』

「…さぁ、」

『我が体の真上におるからだ』

「この棗のこと?」

『そうではない…が、まぁよい。そして、お前はここにおり、私と目的をともにする』


響いてくる声は、低い男のものだ。古めかしく高圧的なしゃべり方が目立つ。声は棗から聞こえてくるようでいて、暗闇から聞こえてくるようでもあった。


「目的?」

『出たいのだろう、この都を』

「…まぁ、ね。逃げられるなら、逃げたいよ」


実際は母親や学校のことがあるから無理だ。しかし、本心は、東京に帰りたいという思いでいっぱいだった。本当は、離婚なんてしないで、両親と一緒に東京で暮らしていたかった。
それを言い当てられたが、夢なら仕方ないと思う。深層心理というやつだろう。
夢と分かってみる夢を、明晰夢と言うのだったろうか。


『私も同様だ。人の子よ、取引をしよう』

「どんな?」

『お主には我が力の一部を使わせよう。その代わり、お主を通して地上の力を取り込ませろ。お主は通り道になるだけで、お主からは何も奪わぬ。どうだ、魅力的だろう』

「この街を出ることとなにが関係あんの?」

『その力を用いて、状況を打破し、都を出れば良い』

「なるほどね。まぁ、いいよ」

『契約成立だ』


どうせ夢なのだから、夢くらい、夢をみさせて欲しい。そう思い、誰にも言えない本心を漏らした。力とやらでこの街を出られるなら、なんて、夢物語を信じるような。
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