黒子のバスケ
□割烹着と食パン
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一日の始まりは朝食にある。
ベッドから起き上がり、それなりの身支度をして、オレはキッチンへと立つ。
結婚した我が身は“本来なら朝食は嫁が作る”と本能では感じているものの、アイツの料理下手さは半端ないので、オレが作るのが日課だ。
まあでも文句言わずに食うから、許してやるけどな。もし文句言ったら飯は抜きだ。
「今日は何にすっかな……」
フライパンを用意して、冷蔵庫へと手を伸ばす。その瞬間、背後から他の手が伸びてきて、オレはちらっとそちらへ目を向けた。
「宮地さん、今日は洋食がいいっす」
目が合うなり、開口一番でそう言ったのは高尾。
コイツはいっつも和食指定で困る。オレたち夫婦の家に何故かいるコイツ。あまりにも違和感なくいるから、近所では三人家族って思われてるし。
てか、同居人のオマエにそんな権限はねーよ。
と、言いたいところだが、毎日毎日嫁指定の和食っていうのも確かに飽きる。
たまには洋食も悪くない、か。
「今日は洋食にするか。じゃあ高尾、食パン買ってこいよ」
「了解! 部屋から取ってきまーす」
「おう」
高尾が食パンを求めて姿を消すと、すぐさま、別の人物がオレの背後へと立つ。
「おはようございます」
落ち着いているしっかりとした緑間の声が耳に届いた。オレは「おう」と軽く返事をして振り返った。
そして緑間の服装を見る。
それと同時に、今日もまたかという溜め息と見なければよかったという後悔がオレの中から溢れた。
「オマエってさ。何でいつも割烹着(かっぽうぎ)なんだよ……」
「正装です」
「……バスケしすぎて、頭いかれちまったんだろ、オマエ」
「それより宮地さん。テレビのリモコンはどこですか?」
コイツ……。また性懲りもなくおは朝を見ようとしてるし。
まあでも今日はそんなことさせねぇ。オレだって、たまには違うチャンネルを見たい。
ってことで。緑間には悪ぃーけど、リモコンは封印させてもらったぜ。
「聞いてますか、宮地さん」
「聞いてねぇけど?」
「それは無視の肯定ということですか」
「そうだけど? なんだよ」
「宮地さんがリモコンを出さないなら、オレは高尾とこの家を出ていきます」
え、急な展開だな。つうか、リモコン出さないだけで家出って。
どういう神経してんだよ、コイツは。
なんてことを思ってる間に、高尾が食パン片手にキッチンへと現れた。
「宮地さーん。食パン、持ってきたっすよー」
んなことはどうでもいいんだっつーの。何をご機嫌に現れてんだよ、コイツ。
あー、もう。なんだ、このムダに面倒な展開は。
そう思って、緑間の腕を掴もうとしたら、それより先に緑間が食パンを片手に良い笑顔を浮かべる高尾の腕をぐいぐいと引っ張っる。
「いたっ。ちょっと真ちゃん、なんなわけ?」
「つべこべ言わずについてくるのだよ」
「はあ? 意味わかんねー。それより、真ちゃん。食パンに豆腐はさんで食べていい?」
「好きなだけ、はさめばいいのだよ。だから行くぞ、高尾」
「マジ! じゃあ行くか」
緑間が食パンを持ったままの高尾を玄関へと誘導して、家を出ていく。
しかも割烹着のまま。え? 割烹着?
「待て、緑間! せめて、割烹着は脱いでいけよっ!」
***
急に痛みが身体をめぐって、オレは目を開けた。
「いって……」
言わずにはいれない台詞をはくと、視界に入ってくる天井がいつもより遠く、オレの思考に違和感を伝えた。
その伝達に応えるように、視線を左右へ動かせば、ベッドの足が顔の真横にあることにオレは気付く。
「ベッドから落ちるって、ガキかよ……」
情けない現状に溜め息をつきながらオレは起き上がった。
その瞬間に、さっきまで見ていた夢が鮮明に思い出される。
「どんな夢だよ……。緑間が嫁とか、マジ悪夢」
しかも割烹着姿、てか、アイツがオレの嫁とか、最悪な夢だな、おい。高尾にいたっては意味不明だし。
昨日、らしくもなくアイツらと一緒に帰ったのが原因だな。こんな夢見るくらいなら木村と帰れば良かった。
ああ、ホント朝からマジイラつく。もっとマシな夢を見せろよ。
あー、それにしても……。
「何か疲れた。……はあ、部活行くか」
***
学校休みの土曜日。部活は午前中のみで、たった数時間だったけど朝から疲れてるオレにとってはかなり重かった。
今日はさっさと帰って、明日の部活に備えて体力を補給するしかない。
汗でびしょりになったTシャツを部室で脱ぎ捨てて、持参したタオルで汗を拭うと朝からの疲れが少しだけ取れた気がする。
とにかく今日は真っ直ぐ家に帰ろう。
「あ! 宮地さん、一緒に帰らないっスか!」
「高尾、ざけんなよ。てめぇらとは二度と一緒に帰らねぇ!」
「え、あ。宮地さん?」
「高尾、緑間。これから一週間、部活中以外は声かけてくんな!」
「でも帰りの通りに新しいパン屋が出来たんスよ?」
てめぇは本当にパンしか頭にねぇのかよ!
「行かねぇ!」
「なあ真ちゃん。オレたち、なんかした?」
「知らないのだよ」
END
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