黒子のバスケ

□最近、変わったこと
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 高尾は体育館の近くにある水道をひねると、悪いスパイラルにはまっている脳を冷やすため、頭全体に水をあてた。

 汗をかいていた頭を水で洗い流すと、不思議にも気持ちが楽になっていく。水は洗い流す効果があるというが、それは嘘ではないらしい。

 そんなことを考えながら頭を冷やしていると、突如、水道の蛇口がひねられて、流れ続けていた水が止まる。


「オマエ、何してんだよ?」


 高尾が顔をあげると同時に降り注ぐ声。それは宮地のもので、彼は目が合うやいなや、やや呆れた面持ちで高尾を見つめた。

 その視線に高尾は一度言葉がつまるも、すぐに会話を切り出す。


「いやー、今日は絶不調で頭冷やしにきたんッスよー。いやー、ゴール決まんねぇし、今日は基礎練に励む日ッスかね」

「はあ?」

「てか、あれ? 宮地さん、早かったッスね。今日、三年生は遅いって……」

「オレはもう進路、決めてるからな」


 興味のない回答を高尾は「へー」と言って流すと、持ってきていたタオルを頭へかぶった。

 宮地が早めに来てくれて良かった。これで罵声も少しはおさまるだろう。まあだからといって、あの罵倒してくる部員達の目が高尾からそれることはないのだが。

 誠凛に負けた日、こうなることは覚悟していたが、やっぱり頭で考えるのと実際は違う。いつも以上に、おちゃらけていないと溜息を吐きかねない。

 高尾は滴る水をふき取ると、宮地と肩を並べて体育館へと向かった。

 その間の会話は『暑い』とか『学校の話』という類のもので、どちらとも『インターハイ』に関する会話はなかった。



 高尾が宮地と共に体育館へ戻ると、体育館内は妙に大きな声がしていて、何かもめている雰囲気を醸し出していた。二人は顔を見合わせると、急いで体育館内に入っていた。

 大声の発端はよく分からないが緑間を筆頭とした数名の一年と、二年数名がいがみ合っていた。そして残りの部員は論争を止めることなく傍観していた。


「オマエら、何やってんだ!」


 宮地は体育館内に足を踏み入れるなり、大声でそう呼びかける。すると両者の言い合いはピタリと止まり、全部員の視線がそちらへと集中する。

 集まる視線に気にする様子なく、宮地はずかずかと両者の近くまで来ると、さらに口を開いた。


「何、もめてんだよ」


 宮地の鋭い目で睨まれた一・二年は一度言葉を失うが、説明しなければさらに叱咤されることは分かっているので、二年が先に口を開いた。


「コイツが“二年には優秀な部員がいない”とか言うから」


 二年の一人はそう言って緑間を指差して言うと、今度は緑間が溜息をついて口を開く。


「オレはそんなこと言っていません。ただ“二年がスタメンになれないのは、オレのように人事を尽くしているものが少ないからです”と言っただけです」

「同じだろうが! どっちにしろ、オレら二年の侮辱には変わんねぇ!」

「侮辱? それは先輩達も同じです。インターハイ予選敗退以来、高尾に対しての馬鹿にした発言が目立っています」


 緑間の言葉に、彼の背後にいた一年も頷いて「オレもそれは気になってたんスよ」と口にすると、宮地へと論をしかける。


「宮地先輩達がいる時も高尾がミスした時に言ったりしてるけど、先輩達がいない時とか、もっと酷いんスよ。ミスするたびに笑ったりとか、馬鹿にしたりとか!」

「ああ? それはミスする方が悪いんだろ!」

「その度に野次飛ばして、聞いてたオレらだって練習しにくいし、気分悪いッス。しかも三年生達がいない時は、インハイ予選の敗因は高尾とか、スタメン落ちろとか言って! それ聞くたびに、ずっとイラついてたし」

「一年のくせに生意気言ってんじゃねぇよ!」


 胸倉に掴みかかるほどの勢いで言い合う両者の間に立ちながら宮地は冷静に話し始める。


「ミスした時に『外すな』の声が多くなったのはオレも気にはなっていた。けど、それは正しいことだし何も言わなかった。何より高尾が努力すれば、どうにかなることだからな」


 宮地の言い分に二年がほっとして「ですよね!」と声を返した。しかしその瞬間、宮地の目つきが変わり、二年は思わず身体を震わせた。


「だけどインハイ予選の敗因を高尾とか言うのはどう考えてもおかしいだろ」

「いや、でも事実じゃないッスか。アイツがマーク外れたから緑間のブザービーター止められたし」


 目を泳がせながらも懸命に紡ぐ二年の言葉。それを聞き、宮地は近くに転がっていたボールを手に持った。そして近くのゴールを目がけて投げた。するとボールは綺麗に宙をさまよい狙っていた先のゴールネットをくぐる。

 誰もが音を立てて床に落ちるボールへ注意がひきつけられている中、宮地は全員に一言「練習再開するぞ」と口にした。

 そんな光景を高尾も突っ立って見ていると、宮地に背中を強く押される。


「何、ぼさっとしてんだ。オマエも練習に戻れ」

「あ、はい」


 高尾は押されたままにボールを拾うと、いつも通り練習を再開した。

 しばらくして大坪達が来たが、宮地は先程あったことを話すような素振りもなく、今日の部活は終了した。


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