黒子のバスケ

□『好む』ということ
1ページ/7ページ

 それは賑やかで、でも嫌いになれなくて。

 きっと世間ではそれを「好む」というのだろう。



『好む』ということ



 それは突然だった。


 夏休み期間の部活はいつもよりもバスケットボールと触れ合う時間が長く、周囲はすでにお疲れモードで帰路へとついている。

 そんな中、緑間真太郎は彼らに目を向けることなく、居残り練習をしていた。

 夏休み期間であろうが、暑さで汗が流れ落ちようが関係ない。人事を尽くすためのものに、そんなことを考える暇はない。

 そんなことを脳の片隅で思いつつ、緑間はボールをゴールネットにくぐらせていると、背後から勢いよく何かが衝突した。

 背中への強襲に緑間は倒れそうになるも、日頃鍛えに鍛えた筋力でその場へと止まった。

 それと同時に、背後の人物は背を包む衣服をキュッと掴み、ポテッと頭を緑間の背へ預ける。

 一体、何なのだ。緑間はムッとした表情のまま、一言口にする。


「何なのだよ、高尾」


 怒り混じりに緑間は言うと、首だけを振り向かせた。


「あ、れー? オレってバレちゃった」


 お気楽な声をあげる高尾和成。緑間は彼に向かい、大きな溜息をつくと、先程と同様の質問をまた投げかけた。

 すると高尾は笑いながら、それに答える。


「えー? 女の子とのイチャドキイベントのない真ちゃんに、『ま、まさかオレの後ろに女の子の姿がっ!』の胸ドキイベントをあげようかなぁって」

「違う意味でドキッとしそうなイベント名なのだよ……。そもそも、他人の背中に激痛を与えて、トキメキをあげるという女子はいないのだよ」


 いや、もしかしたらいるかもしれないが、どちらにせよ、そんなことをされても緑間は喜ばない。

 緑間は再度、溜息をついて、高尾との会話を続ける。


「くだらないことを言いに来たなら帰るのだよ。オレはシュート練習に全力を尽くしている、邪魔をするな」

「いやぁ、それは知ってるぜ。見りゃ分かるし」

「分かるなら、すぐさま離れるのだよ。これでは練習にならない」


 それもそのはず。背中にぴったりと頬を近付け、服を掴んでいる高尾。

 これではシュート態勢に入ることすら不可能である。

 振り払ってしまおうかとも緑間は考えるが、この男もそれなりに体力があるため、そっとやちょっとでは動かないだろう。

 ただでさえ暑くて体力を消耗しているというのに、この男をかまえば、また体力が削られて十分なシュート練習ができなくなる。

 緑間は暑い中、べったりとしてくる高尾を睨み付けながら彼の言葉を待った。


「もう真ちゃん、怒りなさんなって。今日はお誘いにきたんだからさ」

「……お誘い?」

「そ。宮地さん達が“スタメン同士で親睦深めようぜってことで、夏祭り!”的な?」

「全く意味が分からないのだよ」

「だーかーらー! とにかく、みんなで夏祭り行くぞってこと。んなことも分からねーのかよ、真ちゃん」

「言葉の意味は分かっているのだよ、馬鹿にするな。オレが聞きたいのは何故、そのような流れになったのかってことなのだよ」


 「あー、そういうこと」と高尾は納得したような返事をすると、数分前のことを思い起こした。


 数分前――。練習が終わると同時に、体育館を出ていくチームメイトにまぎれ、高尾も共に外へと出た。

 どうせ今日も緑間が居残り練習をするのは理解済みだったので、とりあえず外の水道で顔を洗い、リフレッシュしてから居残り練習をしようと考えていた。

 そんな時、高尾は三年のスタメン達と対峙した。

 そして意外にも提案をしてきたのは宮地清志だった。


「高尾、今日の祭りあるだろ」

「祭り? あー……、彼女のいないヤツらがリア充見て落ち込むイベッスか」


 しらっと高尾が述べると、宮地の隣にいた木村信介が苦笑しながら「確かにな」と同意した。

 その様子を見つめながら、高尾はまだ水滴のついた顔をタオルへと押し付けると、その傍らにいた大坪泰介が口を開く。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ