カオス
□キセキ店、その2。
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開店から数週間が過ぎた今日も、キセキ店は営業している。
「いらっしゃいませー」
店内に黄瀬のよく通る声が響く。
今日のシフトは黄瀬、黒子、緑間だ。
ちなみに、黄瀬が朝番で緑間が遅番。なのでここにはまだ黄瀬と黒子しかいない。
「いらっしゃいませ」
「きゃっ……」
たまに黒子の声の後に小さな悲鳴が聞こえる。
黄瀬は小さく苦笑いをした。
初日に驚かせないようにという注意を受けた黒子だが、別に意識しているわけでもないからどうしようもない。
「これは黄瀬君の所為ですね」
「何でっスか!」
レジカウンターに戻ってきた黄瀬に黒子は言い放った。
黄瀬が目立つから余計自分が目立たなくなる、と。
まあ、笑っているので本気で言っているわけではない……だろう。
今日も店内は多くの女性客で賑やいでいる。
「今日の売り上げはどうっスか? 赤司っちの決めた目標には行きそう?」
初日から赤司は売り上げの目標を決めていた。
目標を達成しないと後に大変なことになるらしい。
「今の時間帯のわりには良い調子ですよ、あとちょっとで目標の半分まで行きます。このまま行けば達成します」
「マジっスか! やったっスね」
黄瀬の人気あってか、朝から客足が絶えるこはない。
軽い足取りで黄瀬は再び接客へと戻る。
「いらっしゃいませー。何かお探しですか?」
彼が話しかけると女性客は嬉々として頬を染める。
ノートを探していたようで、沢山種類があって困っているらしい。
「ノートっスか? そうっスね……よく売れるのはこれですよ。使い勝手もよくて、デザインもいいって人気なんス」
へぇ、と話を聞く女性客。黄瀬からのお勧めに即決で買うと言って見せた。
彼に負けてはいられない。黒子も動き出す。
子ども連れのお母さんに声をかける。
「こちらの鞄、気になられますか? でしたら是非こちらの鏡で掛けてご確認ください」
黒子の登場に肩をビクッとさせたお母さんだが、すぐに笑顔でお礼を言った。
鏡を使って、鞄を試す。
「お兄ちゃん、まほー使い?」
「えっ……どうしてですか?」
母を待っている男の子が、黒子に声をかけた。
どうやら、いきなり出てきたことを瞬間移動だと思ったらしい。
子どもの発想は時に驚く。
黒子はしゃがんでその子と目線を合わせる。
「どうでしょうね……あっ」
その“あっ”に子どもは首をかしげながら、黒子が目の前に挙げた手を凝視する。
ぽんっと手から出てくる赤い花に子どもは驚きながら喜んだ。
「すごい!」
黒子は口の前にもう片方の人差し指を立てた。
再び首を傾げる子どもを前に黒子は花を手で包む。
しっかりと花を包むと、再び手を開く。
その手のなかにはどこから出てきたのか、キャンディーが乗っていた。
「どうぞ」
小さな手のひらにそれを置いた。
「えへへ、ありがとう!」
興奮したように目を輝かせて笑う子どもを見て、簡単な手品を得意としていてよかった、黒子はそう思った。
それと同時にお母さんはこれにしますと鞄を黒子に渡す。
「ありがとうございます」
会計を済ませ、出口へと向かう親子。男の子がふと振り返る。
「まほー使いのお兄ちゃん、バイバイ!」
大きく振る手に黒子も手を振って返した。
「魔法使いのお兄ちゃんっスか?」
「みたいです」
黒子はにっこり微笑んだ。
「お疲れ様なのだよ」
それから少しして緑間が入店してきた。
「お疲れっス」
「お疲れ様です」
もちろん、左手にラッキーアイテムは忘れない。
来て直ぐ様向かうのは、おは朝のラッキーアイテムコーナー。
そして、今日のラッキーアイテムに差し替えていく。そこに余念はない。
「あれ、意外と人気っスよね」
「そうですね。自分の星座のラッキーアイテムが一目瞭然なので、つい手が伸びるんでしょう」
「女子は占い好き多い気がするっス」
もうそこは人気のコーナーと化している。
一通り終えると緑間がカウンターに戻ってきた。
「なかなかの売り上げだな。流石は黒子と黄瀬なのだよ」
まさか緑間に誉められると思ってなかった二人は何だかムズ痒い気持ちになった。
しかし、その気持ちはすぐに何処かに行った。興味というものに上書きされて。
「青峰と紫原と一緒になったときはいかなかったからな……あの時は……はあ」
「達成しないと何があるんですか?」
緑間を含め、その周りの空気が凍った気がする。緑間から流れた一筋の汗に二人もつられる。
光の反射により、眼鏡の奥が見えない。
「……お客様が来られたようだ」
結局はぐらかされ、黄瀬も上がる時間となった。
帰る直前まで粘ってみたが、口を閉ざしたままで、何か恐怖があるのだろうとしか想像できなかった。
「黒子、何か発注するものはあるか?」
発注書を製作しながら緑間は黒子に聞く。
聞かれてそれを覗き込むとそれが何かすぐに分かった。まあ、ここまで来れば言わずとも分かるだろう。
「明日のですか? 前日に頼んで明日すぐに来るんですか?」
黒子はずっと疑問に思っていた。毎日ラッキーアイテムが揃うことを。
おは朝は翌日のラッキーアイテムも教えてくれる。
あるものならいいが無いものは発注しなければならない。
「勿論だ。誰に頼んでいると思うのだよ」
発注先――“秀徳”という文字――を見て、なるほどと納得する黒子。
ここならラッキーアイテムになりそうな変わった物も揃う、というよりは揃えさせると言った方が正しい。
最初はあるところでと個別に発注していたが、送料等が嵩むということで赤司に注意されていたのだ。
そして、そこなら送料無しで直接持ってこさせることが出来る――あの人物を使えば――。
「大変ですね。彼も……」
黒子は入り口の扉を見ながら、そう呟いた。
END