Pandora Box

□Family
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 冷え切った彼女が帰ってくると、晩飯である。
 食材がまだ余っていれば、リヴァイがアテナの買い物中に作っておいてやることもあった。
 これがまた、あまり美味しくない。というよりは、味がない。リヴァイ本人もそう思っている。
 それでもアテナは喜んでくれるし、ペトラも笑顔で食べてくれるので、リヴァイも悪い気はしなかった。

 食器を片付け終わると、風呂に入る。裸のペトラを、腰にタオルのみのリヴァイが洗い、そんなリヴァイをかっちり着こんだアテナが洗う。3人で入って以来、誰がどうと言うわけでもなく、このスタイルに落ち着いている。

 風呂から上がったリヴァイとペトラが、脱衣所で身体を拭いたり髪を乾かす。結局、ペトラの髪を乾かすのはリヴァイの役目となった。
 そのあいだに、アテナは1人で風呂に入る。タオルや着替え一式を籠に入れ浴場に持って入っているので、リヴァイがドア一枚向こうの脱衣所にいるのは許容範囲なのだろう。

 アテナもリヴァイ達に甘えるようになり、風呂の時間は長くなった。
 アテナが上がるまで、ペトラはリヴァイに『あのね、きょうはね』を沢山喋る。
 リヴァイはそれに短く相槌を打つだけだったが、ペトラはその度に満面の笑みを見せるのだ。

 濡れた髪を軽く結わえ、ネグリジェを着たアテナが風呂から上がる。この瞬間は、いつも心臓に悪い。言うまでもないが、リヴァイの心臓――本人はやはり認めていないが――にである。

 濡れて艶やかさを増した、羊皮紙色の髪。髪からつぅと滑り落ちた雫に撫でられる、細い首と鎖骨。ほんのりと赤みがさした、白い肌。

 アテナのその姿を見ると、途端に喉が渇く。身体に灯りそうな熱を追いやりながら、リヴァイは杖をついて先に脱衣所を出る。

 3人は洗面台で、朝と同じように並んで歯を磨き、リヴァイはやっぱりペトラの歯を磨きなおす。

 部屋に戻ると、リヴァイは脱衣所から持ってきたドライヤーを手にしたまま、ベッドの上に胡座をかいて座る。
 続いてアテナが彼の前に腰かけ、ペトラを膝に抱き上げる。

 リヴァイは彼女の結わえ紐を解き、濡れた髪を下ろす。ドライヤーを稼働させると、手櫛で丁寧に乾かしていく。

 彼女の髪を乾かして以来、その指通りの良さにすっかり虜になってしまったリヴァイは、黙ってドライヤーを持つとこうやってベッドに座るのだ。

 彼女の髪を乾かすのも、リヴァイの日課となっている。

 乾かされている間、アテナはペトラの背をやさしく一定のリズムで叩く。彼女の髪が乾く頃には、ペトラは現実と夢の狭間である。

 壁側にリヴァイが寝転び、その隣にペトラが寝転び、さらにその隣にアテナが寝転ぶ。

 本当はリヴァイとペトラがこの部屋で、アテナは自室で寝ていた。
 しかし、彼らの様子が気になるのだろう。アテナは夜中に何度も部屋にやってきた。

 リヴァイが、もうここで寝ろ、と半ば自棄になって言ったら、アテナは、そうですね、と首を縦に振ったのだった。
 やってしまった。リヴァイは思ったが、前言撤回も出来ずに今に至る。

 3人がベッドに入ると、まず先にペトラが眠りにつく。ほんの少し、2人きりの時間がやってくる。アテナは内緒話をするように、小さな声でリヴァイに話しかける。
 これにもリヴァイは、短い相槌を返すことがほとんどだ。

 アテナは喋っている途中で、うつらと夢の中に行ってしまう。

 そんな彼女の寝顔を気が済むまで眺めてから、リヴァイは目を閉じる。

 そして次の朝から、同じような1日が始まるのだ。

 リヴァイにとってその日常は、どこか単調で、波紋のないぬるま湯に浸かってるような気分だった。

 退屈に思うことがしばしばあったが、退屈さよりも、そのぬるま湯に浸かりきっている自身が怖かった。

(……治ったら、どうせ地下街生活だ)

 今日も、昼寝をするペトラのくせ毛に指を絡ませながらリヴァイは思う。

 ふと手悪さをやめて、自身の腹を撫でてみた。薄い。ここ1ヶ月鍛えていなかったから当然なのだが、筋肉はかなり衰えていた。

 また、鍛えなければ。
 地下街で生きるために、必要なことだ。

 リヴァイは隣に置いていた本を手にとり、パラパラと捲った。兵団の歴史書はそれなりに面白く、リヴァイは珍しく昼寝をせずに読み切った。

 リヴァイは意味もなく溜息をついて、天井を見上げる。
 アテナはまだ戻らない。
 今から昼寝をするには短く、アテナの戻りを待つには長い。

(別の本でもとってくるか)

 この家には、ささやかながら書庫がある。リヴァイが場所を把握している部屋の、数少ない1つだ。
 リヴァイはペトラを起こさぬように、そっと杖をついて床に降りた。本を持つと、ペトラに毛布をかけなおしてやってから、書庫へ向かった。
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