Pandora Box

□Dream
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 ゴトンッと鈍い音が響き、リヴァイは反射的に目を開けた。起き上がろうとするが、走った激痛に呻きを上げて再び後ろへ倒れる。

 しかし、倒れた場所はあの寒くて汚いゴミ山ではなく、あたたかく綺麗なベッドの上だった。

(ここは、どこだ……?)

 見慣れぬ部屋だった。中級か下級貴族の部屋であることは、そこら中にあるインテリアでわかる。

「あ、駄目ですよ!」

 聞こえた女の声に、リヴァイは思わずぎょっとする。警戒心たっぷりの視線を声の方へやれば、歌の少女が暖炉に薪をくべていた。リヴァイを目覚めさせたのは、薪が崩れた音だろう。どうやらここは、彼女の家らしい。

(あれは、夢じゃなかったのか)

 近寄ってきた少女は、リヴァイが不躾に見つめているのにも気付かず、落ちかけた毛布を彼にかけ直した。近くで見ると、自分より3歳か4歳は年下だと思われる。

「ほらほら、大人しくしてください」

 重症なんですからと付け加え、少女は苦笑を浮かべながらリヴァイを見つめた。

 確かに痛みはあるが、それでもかなりマシになっていた。

 自分の身体を見れば、あちらこちらに手当てが施されている。包帯やガーゼのみの簡単な手当てではあるが、リヴァイには充分だ。丁寧に巻かれた包帯からは、この少女の性格が少しうかがえた。
 服はやや大きいが清潔なもので、血だらけだった身体もシャワーを浴びたようにさっぱりしていた。

「まさか3時間で起きられるとは思いませんでした。意識が戻られてよかったです」

 翡翠の瞳はやさしくリヴァイを映しており、彼は吸い込まれるような感覚に眩暈を覚えた。

 初めての感覚に戸惑っていると、少女は暖炉の傍にあった木製の椅子を持ってくる。シックだが程良く植物の装飾が施されており、売れば高くつくだろうなとリヴァイは思った。
 椅子に座った少女が、寝転んだままのリヴァイに再び話しかける。

「私はアテナ。アテナ・エルピス。あなたのお名前は?」

 リヴァイは言おうか言わまいか悩んだ。地上の人間に関わりたくないという思いもあったし、子どもたちのように彼女が理不尽な暴力に巻き込まれるのもごめんだった。

 難しい顔をしたまま何も言わぬリヴァイに少女、アテナはサッと顔を青褪めさせた。

「ま、まさか……記憶喪失……?」

 リヴァイは顔をしかめ、アテナを見た。睨み上げるような三白眼は、ゴロツキそのものだ。彼女は少し怯んだが、すぐに心配そうにリヴァイを真っ直ぐ見つめ返してきた。

 本気で自分を心配しているのだ。リヴァイは何だか馬鹿らしくなり、舌打ちをする。

「……リヴァイ」

 ぶっきらぼうに自分の名を明かす。すぐに名前だと理解できなかったのだろう。アテナはきょとんとしていた。ぱちぱちと瞬きを繰り返したあと、彼女の形の良い唇が動く。

「リヴァイ?」

 訊き返してくるアテナに、リヴァイは小さく頷いてみせる。彼女は確かめるように、リヴァイの名を繰り返した。

 耳に入ってくる声に、何故か高揚する。
 聞きなれた自分の名前のはずなのに、アテナが口にすると全く別のものに思えた。

 アテナは満足したのか、うんと頷くとリヴァイに向き直った。

「リヴァイさん、何か食べられそうですか? スープを作ったんです」

 パンも、と言われリヴァイは目を見開く。

(そうだ……あいつらは)

 子どもたちのところに、行かなければ。

「……リヴァイさん? 大丈夫ですか?」

 心配そうにこちらをうかがうアテナから、リヴァイは僅かに視線を逸らした。
 アテナに子どもたちのことを言ったところで、現状が変わるわけではない。自分だってこのザマだ。それでも、行って確かめなければリヴァイの気が済まなかった。
 例えそこに、誰一人残っていなかったとしてもだ。

「どこか痛みますか?」

「いや……腹が減った。両方くれ」

 偉そうな物言いだったが、アテナは特に気にするようすもなかった。むしろ、リヴァイが自分を頼ってくれたことを嬉しく思っているようだ。アテナは顔を花のように綻ばせ、えぇ、と頷いた。

「少し待っていてください。スープをあたためてきます。パンも焼いてきますね」

 アテナは立ち上がると、部屋から出ていった。その小さな背に罪悪感がほんのりと浮かび上がるが、リヴァイは気付かないふりをした。
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