10萬打リク作品

□萍水相逢
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はぁっ、はあっ

引きつれそうな短い息の音が鬱蒼とした森の中に二つ。
年の頃は同じだろう2人の少年が何かに追われるそぶりで走っていた。
慣れたように木の根が飛び出た悪路を駆け抜ける一方は、遅れるもう一方を気にするように何度か振り返り、その度に追手との距離が縮んでいる事実に青ざめる。

「僕は気にせず、さっさと逃げろ!」

苦しそうに眉を寄せながらの叫びに、言い返した。

「そんなことできるわけないだろう!」


だってあの妖は、もともとは自分を追っていたのかもしれないのだから。

祖母が遺した遺品にまつわるトラブルに巻き込まれることが日常となった夏目は、言えるはずのない後半を飲み込んで遅れる少年の手を引いた。


* * *


その日夏目は塔子に頼まれ街まで出て来ていた。
昼には帰るはずが、悪友のようになりつつある柴田に発見されたのが運の尽き、そのままファーストフード店に連れ込まれて愚痴を聞かされ、嫌味を返して口論し、ポテトを一本進呈されて別れるという謎のイベントが発生。
そのために乗るはずであった電車を一本逃したのが、最初の分岐点であったのだろう。

りん…

いつか聞いた、山神たちの鳴らした鈴の音だとはじめは思った。
綺麗で美しくて、そして少し寂しい音に視線が彷徨い、少し離れた所に立つ人を見つけたのだ。

同い年くらいだろうか。
気の強そうな顔をした、目鼻立ちのはっきりとした少年。
人の美醜はよく分からないが、きっと北本や西村がいれば格好良いとか言うのだろう、夏目であっても整った顔だと思うのだし。
ポケットに手を突っ込んでリュックを肩がけしながらスマホを弄る、街に溶け込んだ今時の学生に見えた。

しかし違和感というのならきっとこの街では夏目の方が浮いている自覚はあるのに、夏目は彼が周りと隔絶されているように見えたのだ。

(…まさか、妖か?)

あまりにはっきり見えるせいで、夏目には妖とヒトの区別がつかない。
他の人には見えないなら判断もつくけれど、力のあるものだと一般人にすら見えるよう化けられるのだからお手上げである。

人にひっそりと紛れ込む妖は案外多く、それが自分の目的のためであったり興味であったりするときは問題は少ない。
問題なのは、人に害をなす目的で近づくために化けているとき。
柴田のような例もあるが、万が一が起きたときに後悔する自分を夏目は自覚していた。

(関わりたくない、けど、そのせいでこの町の人が傷つくところはみたくない)

昔は一人きりだった。
今は自分に繋がる人達がいて、更にその人達に繋がる見知らぬ人達がいる中で息をしている。
心配して、されて、想いが繋がっているのだと、今の自分は知ったから。

ニャンコ先生がいないことをちらりと不安に思いながら、夏目はホームに滑り込んで来た電車に、少年を追って乗り込んだ。


* * *


怪しまれずに少年を見ることのできそうな位置に立って観察していると、彼はやたらうまく人間に溶け込んでいる。

スマホなんて夏目の周囲には持っている人はいないものを当然のように使いこなしていて、それは妖が化けたものというより都会から来た人間にしか見えない。

時折顔を上げて辺りを見るのは降り過さないように気をつけているからだろう、今更だが彼はどこを目指していて、自分はどこまで着いて行くつもりなんだろう。
現実問題として手持ちのお金が足りなくなったらそこで降りねばならないのでそれまでに降りて欲しい。


(これで妖じゃなかったら、バカみたいだな)


ふっと黄昏かけたところで、少年が動いた。
降りたのは偶然にも夏目の本来降りる駅で、ひとまずお金の問題はなくなったことにほっとする。


…ここで二つ目の分岐点。
もしも人影が全くないことに早く気づいて電車に戻っていれば、少し違った展開だったかもしれない。


不自然に人のいないホームにあれ、と思わず夏目が声を上げたのと少年が弾かれたように横をみて呻いたのは同時だったと思う。
同じ方をつられて見た夏目も呻いた。


―そこにいた、タタ○ガミさながらの妖の姿に。


こちらに気付いて逃げるぞ!と叫んだ少年に従って走り出したはいいがどこまでいっても人には出くわさず(それは却ってよかったのだが)、舗装された道からいつの間にか外れ、悪路に躓いた少年をいつしか夏目が先導して逃げ回ること恐らく一時間以上。

エノキだキノコだ言われる夏目は、そろそろ限界に近かった。
一度少年が持っている鈴が鳴ったときに大きく距離を稼げたのか、タ○リガミの姿が見えないのは良かったけれど奴の狙いが友人帳ならばこの場でなんとかしなければ周囲に危険が及んでしまうだろう。
何があってもそれだけは避けなければならない。

一旦息を整えようと減速すると、手を引いていた少年が夏目よりはまともな呼吸を落ちつけながら短く礼を言ってきた。
バツが悪そうに捕まれたままの腕を見ているのに気がついて放すと、山道には慣れてないんだと口をへの字にしながら呟く。
実際、道が舗装されている間は夏目より先を走っていたし今だって体力には余裕がありそうなのでそんなに落ち込まなくてもいいと思うのだが。


「…いや。それよりここ、どこだろう」

「君、地元の人間じゃないのか?」

「駅からすぐにはここまでの森はないんだ。それになんだか、いつもの森じゃない」


妖がやたら普通に闊歩しているからこそ、森の中にいて何の気配も感じないなんてことはあまりない。それでなくても虫や鳥の鳴き声も聞こえない、耳が痛くなるような沈黙というのはこの町では異常である。


「さっきのタタリ○ミみたいなのの仕業かな」

「あれ、まけたかな」

「どうだろう。ここが君の知っている普段の森とは違うなら、まだアイツの影響下の可能性が高いけど」


それにしては気分がいいんだけどな、と呟く少年はポケットを軽く叩くと曲げていた膝を伸ばして立ち上がった。


「ここでじっとしてて見つかったら嫌だし。
水の音が聞こえるから、川があるのかもしれない。それを見つけて下ろう」

「…そうだな」


辺りを鋭く一瞥してからこちらを見る様子に少しだけ考えて、夏目は頷いた。

周囲を警戒しながら歩く道すがら聞いたところ、彼は東京からやってきたらしい。
遠い親戚を尋ねるついでに頼まれごとを済ませに夏目のいる地域に訪れたのだそうだ。


「頼まれごと?」

「あぁ。骨董品を引き取りに」


言ってることも仕草も不審なところは見つけられず、この時点で夏目はこの少年は妖ではないのだろうと考えを改めた。
そうするとやはり自分はバカみたいだなと思うし、きっとニャンコ先生にもアホだなとか言われそうだが、今はあの暢気な声がひたすら聞きたい。


「水の音、近くはなったけど…」

「これ、川とかじゃないよな」


ごつごつとした岩が転がるところにやってきて、二人は揃って首を捻る。
紛れもなく水の音は聞こえるし湿っぽい感じもするが、辺りにそれらしいものは見えない。
あの大きな岩の陰に流れていたりするのだろうかと、夏目はひらりと手頃な石に飛び乗ろうとした。
よそを見ていた彼が気配に振り返ってぎょっとした顔をする。


「おい、危ない!」

「え」


うかつだった。
しっとりと水を含んだ苔は、簡単に靴底を滑らせる。
見事にバランスを崩した夏目を支えようと手を伸ばした彼ごと、夏目は地面に倒れ込み…先程までは確かに地面だったはずの場所にあいた穴に頭から落ちていった。




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