10萬打リク作品

□蜘蛛の糸
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小さな頃から見続けている夢がある。
それは青春的な意味での夢ではなく、睡眠の最中に訪れるあれだ。


脳科学的に言わせれば夢は記憶の整理のためのものらしいが、不思議な出来事に対して尋常でなく柔軟な日本人的な発想で言わせてもらえば、夢は別の世界を垣間見る行為なのではないかと思う。
・・・普段からそんなことを考えている訳ではないが、そうでもしないと自分が精神病を疑われてしまうのだから仕方ない。


 全く異なる歴史、技術水準
 見慣れない機械
 無縁のものという認識が浸透して久しいはずの戦争の存在

そんなものが恐ろしいリアリティで毎夜見せつけられるのだから、自分の頭を疑いたくなければそれが別の世界の出来事なのだと納得するよりほかない。
しかもこんな突飛な考えを思いついたのは、残念なのだか幸いなのだか、とりあえず自分一人の力によるものではないのだ。


件の夢は、常に一人の人物の視点で紡がれる。
彼女は別の世界での自分なのかもしれないし、全く関係の無い単に波長が合っただけの人物なのかもしれないが、お互いの日常をお互いが夢を通して見ることが出来てそれを互いに知覚している特殊な間柄をもう17年も続けてきた。


互いの存在に気がついて警戒しあい、妥協し、打ち解け、この不可解のとりあえずの解を求めて納得し


ずっと考え続けてきたことを実行することにしたのは、彼女が正気の沙汰とも思えない計画を自分の反対を押し切って実行した時である。
自分と張るだけのゲスいことを考え付く癖に、根っこはバカがつくほどにイイ子ちゃんなこいつの選択は万人には受け入れられるものではなかったらしい。
そうして拒絶した挙句に奪うだけ奪って捨てるというのなら、もうあちらの世界にこいつを与えておいてやる道理はないだろう。


 糸は繋がっていて
 こちら側に隈なく張り巡らされている。
 そう、もう蜘蛛の巣はできあがってんだ。


「こいつは貰っていくぜ」


ぎゃんぎゃん吠えたくる黄昏色の闇に嘲笑をくれてやる。
このバカをここまで追い詰めておいて更に欲しがる貪欲さは嫌いじゃないが、不本意ながら身内には甘い性分だし、いい加減奪われっぱなしのあいつを見続けるのも不愉快極まりない。

どういう場所なのだか、定義付けもできやしない空間に手を伸ばし強情っ張りの腕を掴んで引き寄せる。
未練がましく付きまとっていた翡翠色の糸を睥睨して、指を近づけた。

ここは古の文豪に倣って朗々と言い放ってやるべきだろう。


『こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己のものだぞ。お前たちは一体誰に尋いて、のぼって来た。下りろ。下りろ。』


ぱちん


鋏を閉じる仕草と共に、世界は反転して落ちていく。
落ちる先は自分のもともといた世界なのだから逆らう必要もない、ただ腕に納めた身体が飛びぬけていかないようにしっかり抱え込んで、花宮は満足そうな笑みを浮かべた。



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