10萬打リク作品

□鬼哭の都
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「うっわぁ・・・」


心底嫌そうな声を誠志郎はあげた。
それも無理あるまいと柊一は生温い目で“それ”を見下ろす。


豪華絢爛で色落ちも少ないとても保存状態のよい着物に、綺麗に切り揃えられた黒檀の髪。
ふっくらとしたまあるい頬は触れたら柔らかいのではと思わせる程で、小さなおちょぼ口の赤が白い肌によく映える。
まぁ、十人中十人が美しいと評するだろう外見をした、幼稚園児くらいの大きさをした市松人形な訳だが。


「・・・多分全員が“ちょっと不気味”って付け加える系だよな、これ」


明らかに漂わせているのはヤバイ空気だった。
怒りとか恨みというよりは粘着質なのったり感で、時間が経った後のセロテープの様な、こびり付いた油汚れの様なとにかく物凄くしつこいその気配は、はっきり言うと気持ち悪い。

それほど霊的感度の高くない柊一でさえ胃のあたりがムカムカするのだから、ヤミブン内トップの感度を有する誠志郎の今の気持ちは最悪の一言に尽きるだろう。

近くに寄ることすら嫌だろうに、今回の彼等の任務はこれを東京まで連れ帰ること。
曰くありげな数多の人形に囲まれながらがっくりとヤミブン年少組は仲良く肩を落とした。



京都の堀川寺之内に宝鏡寺―通称“人形寺”というものがある。
人形供養の寺として知られ、納められた人形はある程度集まったらお焚きあげする訳であるが、その預けられる人形もピンキリである訳なので程度によってはヤミブンにお声がかかることもそれなりの頻度であるのだという。
この市松人形にしても、持ち主が既にこの世にいないなんてあたりからして普通のシロモノでないことは確実で素直に供養されるとは思えないという重職の判断からヤミブンに連絡が寄こされ、有田と溝口不在の為に柊一と誠志朗がこうしてはるばる東京からやってきた訳だった。



桐の箱に納められ、一応気休め程度の札で封印された人形を抱えて寺を出ながら魂まで吐き出すようなため息をついた誠志朗は手ぶらの柊一をじっとりと恨めしそうにみた。
気付いた柊一が眉を寄せる。


「・・・ずるいぞ鈴男」

「鈴男と呼ぶな。住職さんがお前に渡したんだから仕方ないだろ」


“あなたは人形に好かれやすいようだから暴れないでしょう”


ほけほけと鋭いことを言っていた住職の好々爺然とした顔を思い出したのだろうか、もともと下がっていた肩が更に下がる。
というか、暴れるのか。
好みじゃない奴が持ってたら。


仕事である以上泣きごとを言うつもりは毛頭ないが、それと生理的な気持ち悪さは別問題なのはよく分かるし流石にげっそりと顔色の悪い誠志朗が(ちょっとだけ、一応、れっきとした先輩な訳だし)心配になった柊一はすぐさま京都駅へと向かうつもりだった足を別方向へと向けた。


「飛鳥井?」


不思議そうな顔に、せいぜい恩着せがましい様子を演じながら言ってやる。


「ちょうど昼前だし、いいもの食べてから帰らないか」



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