一万打リク作品

□大人げなく、無自覚に
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立海大は中・高等部と大学を擁する私立学校である。
公立に比べて運営が自由な反面、風通しが悪くなるという弱さを抱えていることを自覚している理事会は、
定期的に交換留学という制度を用いることで、ともすれば閉鎖的になりがちな学び舎に刺激を取り入れることにしていた。

対象になる学年はランダムで、しかしその学年の成績優秀者が選ばれることから、
生徒の側からも一種のステータスになるとして好評なこの制度。
実施年度自体が隔年で、全部合わせれば10通りもあった学年の選択肢から今年度選ばれたのは他でもない、
飛鳥井柊一の所属する学年であった。


とある怪奇事件の解決のために復学して以来、実は柊一は一度も休まずに学校に通っていたりした。
故に

「交換留学生に、僕が……?」

最近体調が良くなったのか毎日登校している学年一位と見られている柊一に白羽の矢が立つのも当然といえた。
満面の笑みで頷く教師に、被った猫の裏側で面倒くさそうだと顔をしかめるがうまい断る理由も思いつかずに渋々了承する。

そんな柊一の一ヶ月間通う留学先。
名前を氷帝学園という。


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留学先でも絶賛活躍中の“儚げ病弱少年”の仮面の裏側で柊一は盛大に顔をしかめていた。

元々乗り気だった訳じゃないが、金持ち学校にしては気さくで親しみやすいクラスメート達に不満はない。
学校施設を案内してくれた生徒会長にやたら幸村や真田の話を聞かれたのも、柳の質問責めに比べれば可愛いものだったし、
最終的に同じようなテニス馬鹿と判明してからは俺様な言動も流せるようになった。
隣席でもある彼と、彼率いるテニス部との仲も良好である。

まさかの人物がいさえしなければ、仏頂面を浮かべることなく柊一は留学期間を楽しもうと思っただろう。
当の本人はきらきらしい笑顔でしらっと授業を展開しているが。

改めて深いため息をもらしながら、柊一は黒板の前に立つ有田克也に視線を向けた。

(無駄にソツなくこなしてるのがムカつく…)

一週間前、仮支給された氷帝の制服を着て登校した先で引き合わされた時にうっかり絶叫しなかった自分を誉めたい。
双方ともに相手が何故この場にいるのか理解できずに固まったのは数秒、適当に挨拶を交わし、適当に教師を撒き、
そして適当な部屋へと駆け込んだときを思い返してへの字になる。




どんっ、と鈍い音をたて柊一は壁に押し付けられた。
滅多に使われていないのだろう、乱暴な動きに煽られて教室の床に積もった埃が舞い上がり
うっかり吸いこんでしまって激しく咳きこむ。
乱暴に自分を部屋に連れ込んだ男はといえばあいも変わらず不機嫌そうな顔でこちらを見下ろしてくる。


「・・・なんでお前がいる」

「っ、交換留学で一カ月ここの生徒だからだよっ。それよりお前だろ!
教育実習って楠木みたいな童顔ならともかく!なんだあの胡散臭い爽やかさは!」

「馬鹿か?仕事に決まってるだろう」

「・・・あの無駄にふりまいてる笑顔は」

「情報を聞き出すのには最適だろう」


皮肉気につりあげる様がこれほど似合う男もいまい。
きっぱりと言い切るのにもはや脱力してしまう。どっと疲れを感じながら、柊一は前髪をかきあげた。
目の前にいる克也にぶつからないよう、一応の注意をしたがそのせいで真新しい制服の袖が埃まみれになっていることに気づいて
渋面を作る。
これからクラスメイトと顔合わせなのになんてことをしてくれるのだ、この陰険男は。


「はいはい。別に僕のサポートはいらないだろ?」


制服の怨みも込めて皮肉っぽく尋ねる。
どちらかといえば感知系の柊一ではあるが、鈴を使う以上人目を気にしなければならない。もしも誰かに見られでもしたら、
事を表沙汰にしたくないのだろう氷帝側に文句を言われかねないし、
それなら一人で地道に克也が目当ての品を探す方がましだろう。

一人で、地道に、のあたりを己の脳内であるにも関わらず強調していると、克也はその形のいい眉を顰めてみせた。

まさかサトリの部長の如く内心を読んだ訳でもあるまいに、一段と機嫌を低下させた克也は掴んだままだった手に力を込めた。
突然肩に走った痛みに柊一は叫びかけるが、声に気づいて誰かに入ってこられれば言い繕うのが面倒だという
理性の叫びに寸前でそれを呑みこむ。


「・・・っ、ぁ!」


押し殺した呻き声をあげ、きっと涙目で狼藉者を睨みつけた。


「痛いだろ!というかいつまで掴んでる気だ」

「先輩が汗水たらして労働しているのを横目に、学生生活を謳歌しようとする薄情な後輩に教育的指導を行ったまでだ」

「パワハラで訴えるぞ陰険教師!!」

「・・・ふぅん?」


言ってしまってからやばいと冷や汗がこめかみを伝う。
なんか前にもこんなことがあった気がするが。

はたして既視感を覚える笑顔を浮かべて克也はぐっと顔を近づけてきた。
無駄に端正な顔に、無駄に爽やかな笑みを浮かべているが裏ッ側には悪魔も真っ青なサディストがいることを柊一は知っている。


「仮にも教師に向かってその口のきき方はいただけないなぁ、飛鳥井君」

「・・・体の弱い生徒をこんな不衛生なところに連れ込むのも、いただけないと思いますよ?先生」


体格差を利用して覆いかぶさってくる克也をぎりぎりと押しとどめながら、内心盛大に柊一は罵詈雑言を繰り広げた。

他人行儀に先輩をたてた言動をすれば調子が狂うと喧嘩を売られ、前のように皮肉ってみれば生意気な後輩だと弄られれば、
じゃあどうすりゃいいんだよ!と吠えたくなるのも当然である。

無言の攻防戦は遠くに聞こえる足音に終止符を打たれる。
ふっと力を抜いた克也に、全力で踏ん張っていた柊一は思わず勢いのまま克也の胸へとつんのめった。
流石にそれをかわして埃まみれの床にダイブさせるほど非情ではなかったのか、
なんなく受け止めた克也は目立つ所についた埃を(些か乱暴に、ではあるが)はたくとさっさと教室の扉を開く。

言いたいことは山ほどある柊一も、先程聞こえた足音を警戒して愛用している猫を装着してしまったからには噛みつくこともできず
大人しく克也のあとに従った。

二人がそろって教室の外に出たあたりで、足音の主だろう案内の教師が現れた。
急にいなくなった二人を探してくれていたらしい教師に

「飛鳥井君が急に気分を悪くしたようで、そこの教室で休ませていました。
いえ、留学初日から保健室にいきたくないと言っていましたので・・・」

などと尤もらしく言い繕う克也の後で殊勝な顔をして俯いてみせて、あの場は何事もなく乗り切ったのだが。



(結局「体調が悪いなら無理をしてはダメよ」な〜んて注意受けたのは僕だし。そのせいで体育も見学だし。
まぁ、演技しながらって面倒だからそれはいいけど。というより何時の間にアイツが僕の親戚になったんだよ)


後付け感満載だが「実は彼私の遠縁にあたりまして・・・」なんて説明した克也のせいで、
というかそれが校内に噂として広がったせいで、
克也の外見にときめいてしまった純粋な少女たちに仲介役を頼まれる日々が続いていた。
しかし親戚ではなく単なる同僚、ついでに奴は老齢の御婦人にしかときめかないババ専である。
頼まれてもどうしようもない。

幸いにも困り切った柊一の様子を見かねた隣席の生徒会長が

「いい加減にしろ、折角の留学期間にしょうもないことで煩わせるんじゃねぇ」

と割って入ってくれたおかげで随分と数は減ったのだが。


(理不尽だ・・・色々)


もう一度大きくため息をつくと、柊一は授業へと耳を傾けた。
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