短編

□トンファーに愛を込めて
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生身の身体を奪われたことで取り返すという、妙によく分からない経緯で自由の身となった骸は、身体の調整も兼ねて散歩することがいつのまにか趣味になっていた。

生まれ故郷は物騒でこんな呑気な趣味など持ち得なかったが、その点世界屈指の平和ボケ国だけあって、この国では丸腰の子供がふらふらしていても欲深い視線を投げてくるものはいない。


散歩のコースは適当だ。
自身がかつて制圧した黒曜町を歩くこともあれば、少し足を伸ばして隣町の並盛まで来ることもある。
どちらかといえば後者の頻度が高い理由については考えないようにしているが。

今日の気分は並盛だったので、ラフな装いでふらふらと黒曜より殺伐としていない呑気な町並みの中を歩く。
支配者が物騒過ぎる割にやたらと穏やかな空気が似合うのは世界の謎の一つなのではと、ここに来るたび骸は思う。


(まぁ、加虐趣味のある暴君って訳ではないですもんね、彼)


些か戦闘狂の気があるのは否定しないが、それ以上に町の秩序に腐心していることなど空き缶一つ落ちていない美しい道路を見れば簡単に知れることだし、何よりそのような自分勝手な輩に彼女は付き従いはしないだろう。

漆黒がよく似合う彼に寄り添う女性を脳裏に思い浮かべて、無意識に骸は眉間にシワを寄せる。


お似合いだね、と通りすがりの言葉を拾った耳が憎い。

確かに、と思わず同意した己に猛烈な勢いで反発してくる感情。
楽しそうな笑い声につい振り返った先で仲睦まじく連れ立つ背中に、胸の内であまり認めたくないものが急き立てるように蠢いたのを感じて咄嗟に勢いよく反対へと顔を背けると、偶然今の自分と同じような顔を見つけてしまった。


「・・・いいんですか?あれ」


声をかけてしまったのは、そろそろ見て見ぬ振りをするには大きく育ち過ぎた感情のせいか。

むっつりと眉間にシワを寄せて彼方の2人組を見ていた男は、近寄ってきた骸に無理矢理視線を引き剥がして顔を向けた。


「いいか悪いかなんて、口出し出来る立場ではないからな」


物分りのいい台詞と、険しい紅瑪瑙が笑える程釣り合っていない。
しかしそれを嘲笑うのは、些か骸には難しいことだった。
苛立たしく髪を掻きむしって見せたのは、相手がある意味自分のこれ以上ない理解者だと思っているから。


「立場?貴方は彼女の恋人でしょう」

「奇跡が無ければ、目の前で彼女を失っていた無力な男だ。
守り切ることも、抱き締め続けることもできずに、偶然が再会を許してくれるまでもう一度向き合うことさえできなかった私には、彼女を束縛する権利も資格もない。
彼女が今、彼といることに幸せを感じているのならそれを見守ることしか、できない」


淡々という癖に納得しきっていないことなど誰にでもわかる。
それほど、男は彼女を一途に見ているのだから。


空いている男の前の席に断りなく座って、骸は今度はきちんと嗤う。


「物分りのいい男ほど、くだらないものはありませんよ。
奪い返せばいいじゃないですか、まさか腕に自信がないとでも?」

「・・・随分とけしかけるな。そんなに2人が一緒でいるのが気に入らないのか?」

「・・・」


馬鹿にされたことに憤ることなくしれっとこちらの痛いところを突いてこられて黙り込む。
男は冷めきったコーヒーに手を伸ばしながら独り言のように呟いた。


「負い目がないのだから、望むままに手を伸ばせばいいじゃないか」


知らぬからの言葉。
だから骸は煙に巻くことを選ばずに、なにやら雑貨屋を冷やかしているお似合いの背中を追って呟く。


「貴方以上に、僕は負い目だらけだ。
犯罪者、並盛の敵、加害者、裏の世界からどうあっても抜け出せないならず者。
どうして表の人間に手を伸ばせるというんですか」


彼が裏の人間であればよかったのに、何度そう思っただろうか。
あれだけの戦闘センスと支配力を持っているのに、彼は紛れもなく表の人間だった。

自分の手が血に汚れていることを恥じたことも無ければ悔いたことも無いけれど、それでもこの黒ずんだ手を伸ばすには、あまりに綺麗な存在。


「それこそ、彼は気にしないだろう。
避けていないで・・・」

「出くわして、戦って、決着が着いてしまったら。
彼、僕に興味持ってくれないじゃないですか」


だから肉体を取り戻して早々にフランスに逃げて、病院では適当なところで幻術をフルに使って誤魔化して。

そうしてはぐらかし続けるうちは追ってきてくれると思っていたのに、気がつけば彼は隣にいる人を決めてしまった。


ねぇ、とらしくもなく邪気のない顔を骸は男に向ける。


「頼みますから、彼女を取り戻してくださいよ」

「自分は彼に手を伸ばせないから?」

「えぇ」


言いながら席を立って、瞬く間に骸の姿は冴えない風体の男に変わって2人組とは逆の方向−自分の本来向いていた方へと男を残して歩いていった。


そんな姿を、どのように男が見ているかに思い巡らすこともなく。



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