合縁奇縁

□その8
3ページ/4ページ

・・・・・・柊一が経験してきたこれまでの事件にしても、いつだって誰かしらと力を合わせて乗り越えてきたのに、
御霊部のお取り潰しに無自覚ながら大きくダメージを受けていて余裕のない柊一はそれを忘れている。

一人で何とかしなければ、ミスをしないようにしなければ、と自分で自分を追い詰めている不安定さをヤミブンの大人組はひそかに危ぶんでいた。
しかしどうしても彼らと柊一の間にはかつてのライバル関係からきた溝があり、素直に頼っていいと言ってやることも、その言葉を受け入れることも難しい状態で。

だからこそ時が解決してくれるのを待つか、無理やりにため込んだものを吐き出させるかしなければとエリ子は考えていた訳なのだが。



時に子どもは、大人よりよほど相手の心に届く言葉を紡げるものなのだ。



血を流し過ぎたせいで最悪な顔色をしているくせにあーだこーだと理由をつけて手助けを拒んだ挙句に頼りなくてごめんな・・・なんて見当違いも甚だしいことを言い出す柊一に、それまで耐えに耐えていた真田の堪忍袋の緒が切れる。


「このたわけ!!!!」


怒られ慣れているせいだろう、いち早く噴火を察知した切原がとっさに耳を塞いだ次の瞬間、どかんとそれは破裂した。


「確かに俺たちはこんな事態は初めてで、お前に守ってもらわねば早々に死んでいただろう!!
だがそれとお前が全ての責任を抱え込むのとは別の話だろう!!何故俺たちを頼らんのだ!!
貴様ごとき抱えるくらい、我ら立海レギュラーにはなんの負担でもないわ!!!」



びりびりと、傍の窓ガラスが震えるほどの一喝に反射的に背筋が伸びる。
時折遠く離れた教室にすら届いていたテニス部副部長の怒声の威力に、冗談でなく脳が揺れ体が震えた。

それまでずっと柊一を無意識に追い立てていた強迫観念が物理的に吹っ飛ばされてぽかん、と幼い表情をみせた彼の前に、
そっと近づいてきた幸村が膝をついて顔を覗き込む。


「あのね、飛鳥井。自分で自分に重すぎるノルマを課しても、結局はどこかでガタがくるもんなんだよ。
テニスと飛鳥井の力のことじゃ大分具合が違うかもしれないけど、でもその辺は一緒だと思う。
一人で無茶しないで頼ってよ」


三連覇という夢でありながら義務になっていた目標に雁字搦めにされていた頃を思い出しつつ、どうしてかその頃の自分を見る様な柊一を諭す幸村の表情は柔らかい。
怒声でガードを外して柔らかく落とす、まるで刑事ドラマの一幕の様な鮮やかな手腕に仁王が舌を巻くのを余所に、当事者の柊一はまんまと立海部長・副部長の術中にはまっていた。


「・・・頼っても、いいのか?」
「頼ってよ。俺、飛鳥井の友達のつもりなんだけどな」


なんだか酷い詐欺を目の当たりにしている気分に陥る常識人組がうわぁと顔を引きつらせる。


別に嘘ではないし、心の底から幸村はそう思っているのだろうが。
酷い怪我でそもそも意識が朦朧としている人間相手にその笑顔は反則だろう。


もともと追い詰められつつあった柊一である。

菩薩かなにかのように輝く笑顔に張りつめていた意識がふわふわと溶けだしていくのに抵抗できる訳がなかった。

怪我は痛いし、集中力も切れそうだし、頼っていいなんて言われたしで、頑固に守っていたなにかがぷつんと切れて。


「・・・ごめん」


かくりと、その色々抱え込みすぎてパンク寸前の体が糸が切れたように倒れこむ。
不思議と、いや当然なのかもしれないが、そのまま顔面を床にぶつけることなど一切柊一は考えなかった。


だって、そんなことになる前に


「そういうときはお願い、かありがとう、って言いなよ」


苦笑を浮かべつつしっかりと、幸村が受け止めてくれるとわかっていたのだから。








次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ