PSYCHO-PASS部屋

□オフィスに咲く花
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「美佳ちゃん、成人式の日に着物着たの?」

分析室の女神様はいつだって唐突である。
珍しく第1総合分析室ではなく1係の執務室にやって来ている恋敵のような、敵とすら思われてないような微妙な気持ちになる人の言葉に霜月は疑問符を大きく浮かべて眉を顰めた。

「…私式に行ってませんから」
「え?でも今年でハタチでしょ?」

ハタチ(20歳)だからなんだというのだ、そんな台詞が透けて見えそうな顔を見兼ねたか、六合塚が会話に参加する。

「私の頃はまだ大臣とかが舞台で挨拶してたけど、今はもう成人を集めるってこと自体してないのかしら」
「私はありましたよ?少子高齢化社会だから、若い人は貴重なんでしょうね」

常守までが仕事の手を止めて会話に参加してきた。
これはもう終業まで開放されまいと密かに霜月は諦める。
表立っては勿論不愉快な様子を隠さないが。

「そもそもの人口もじゃんじゃん減っているからねー」
「まぁ成人式出たからってすぐ結婚する訳でもないし、ぶっちゃけ学生時代の友達と晴れ着姿を見せ合って楽しむ場ですけどね」

ちょこちょことプライベート用の端末を操作した常守が彼女の成人式の写真と思しき画像を見せてくる。
淡い黄色に薄桃の花と鞠の模様が踊る着物は愛らしく、幼い常守の笑顔によく似合っていた。

うっかり霜月はその写真を前のめりになって覗き込む。

「ぇ、先輩わっか!てか顔今となんか違いません?」
「ええ?そうかな」
「なんかこの写真だと学生時代の私より年下っぽい」
「朱ちゃん初心だったわよねぇ。
食べちゃいたいくらい」

お姉さまの危険発言には隣で目を細めた猟犬が釘を刺しているので、賢い少女たちはスルースキルを発動して聞かなかったことにした。

大昔ならともかく、今は晴れ着もなにもかもがホロの時代だ。
だから特別な日でなくとも手軽に着物も着られるし、見せ合いっこなんて言わずもがな。

なにより、霜月にとっては式で顔をあわせるだろう学園時代の人間とは関わり合いたくないのが本音だったから仕事に慣れることを言い訳に成人式なんてすっぽかした訳なのだが。

「なんでまた、唐之杜分析官は着物なんてこと言いだしたんですかね…」

潜在犯の考えなんてわかるはずもないのだが。
戯れ合う(多分一方は今夜の安眠のためにやや必死)大人の女性を嘆息しながら見る後輩に、常守は困った笑顔を浮かべる。

明確な理由はおそらくない。
暇を持て余した彼女は、常守にだって読めない。

「でも、霜月さんなら大人っぽいから赤とか似合いそうだね」
「そうですか?」
「髪も、シュシュ解いたらそのまま結い上げられそうだし。
長い髪型似合わないから、ちょっと羨ましいね」

険悪な雰囲気になることも多々ある訳だが、常守としては初の後輩であるので他愛のない会話ができる程度には親しくなりたい。

霜月としては言えない負い目も引け目も大量に背負いこんでいる上に、理解できずに衝突しまくる常守ははっきり言って苦手の一言だが別にいちいち仕事の関わらないことで喧嘩を売って回るほど子供じみているわけではない(と思っている)。

そんな互いのベクトルが、今日は珍しく噛み合ったらしい。

「あ、ねぇ皆さんで雛川くんにホロ作ってもらいませんか?
着物の!」

本当に本当に珍しく、霜月は常守が提案してきたことにNOとは言わなかった。
そこには多分に六合塚が賛成したからという事情が影響していたとは思われるが、嬉しそうに笑った常守に、一瞬だけ霜月の顔が穏やかになったのを唐之杜と六合塚は見逃さなかった。



夜勤のシフトで出てきた宜野座は、入る部屋を誤ったかと一度外に出てプレートを確認した。
1係、10年も見慣れたそれは間違いなく片足踏み入れているこの部屋である。

「なに入ってきたかと思ったら出て行こうとなんてしてるの宜野座くんてば」
「…いや、部屋を間違えたかと」

唐之杜に腕を掴まれて引っ張り込まれたオフィスはなんだか随分と艶やかだった。

まず、無機質なデスク周りにやたらと鮮やかな花が生けられている。
これは植物好きの宜野座としては文句などない。
あと女性陣たちが固まっているあたりにこんもりと菓子の類がある。
そしてなにより、その女性陣たちの装いがとっても普段と違って目に眩しい。

ちんまりと椅子に座っている雛川が常守に撫でられているのをみて大体察したが。

後ろからやってきた須郷が先ほどの自分とまったく同じ動きをしているのに同情しつつ、主犯と思しき唐之杜を見下ろす。

彼女は緑の着物を纏っていた。
常守は薄桃、六合塚は紫、そしてそっぽ向いている霜月は赤の、誰もが艶やかな晴れ着姿だ。

女神様は得意気に笑う。

「いいでしょ?綺麗どころとお仕事できて」

うきうきしている常守と唐之杜。
いつもと変わらぬようでいてひらひらと袖を振っているので楽しんでいるのは間違いない六合塚。
照れ臭いのかこちらを決して見ないけれど、嬉しいのだろう、いつもよりまとう空気が刺々しくない霜月。

流れはさっぱり理解できないが。
隣にやってきた須郷と目が合い、ふっと口許が緩む。

「まぁ、猟犬には勿体無いほどの光景だな」
「みなさん、お綺麗です」

素直な賛辞は、オフィスに咲いた花たちを各々らしく微笑ませたのであった。




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