PSYCHO-PASS部屋

□託すもの
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「隣いいですか?」


明るいが、落ち着いた声。
ほぼ同年代のはずなのに、老成した雰囲気を感じる違和感にはとうに慣れてしまっていた。

ざわざわと公安局の局員たちが昼食をとりに賑わう食堂は混んでいて、なるほど自分の前しか空いていない。


「どうぞ、常守監視官」

「ありがとうございます」


にこりと笑って腰掛けた彼女は、食事が乗ったトレイに早速箸をつける。
味わっているようには見えなくて、そういえばこの人は本物の食事を1番振舞ってもらっているのだと思い当たった。


「この前、宜野座さんの珈琲いただいたでしょう?どうでした?」


常守の登場に止まっていた手を動かした矢先の質問に、またもや須郷の手が止まる。
ふわりと、ここにあるはずのない彼の部屋に漂う香りが鼻腔をくすぐる心地がした。


「大変美味でした。
料理といい、珈琲といい、宜野座執行官はなんでも出来ますね」

「ふふ、私の先輩は格好良いでしょう」


心からの言葉には、心からの笑顔が返される。
普段よりも年相応な柔らかい表情を浮かべる常守は適当にハイパーオーツで作られた食事を口に放り込みながら、片方の手で指折数える。


「仕事もできるし荒事も得意で、料理も美味しくて珈琲も淹れられて、ドッグセラピストだしガーデンデザイナーだし、美形で優しくて頼れる凄い人なんですよ」

「…ベタ褒めですね」


これ、一息である。
その割に須郷を見た顔は先程と一転して少しだけ苦い。


「こんなに素敵な人なんだって、どうして私もっと早くに気がつけなかったんだろうって最近すごく思うことがあるんですよ」


なんでだろう、冬だからかな。


独り言の割に、その声は須郷によく聞こえた。


「生意気で前しか見ていなくて。
平気で我を通すためにあの人を傷つけたんです。
今よりかなり厳しかったし頑なだったけど、紛れもなく8年もの経験からの助言ばかりだったのに」


霜月という後輩が出来て、訳もなく嬉しかった。
反抗されると面白くなくて、というより激しい反発には悲しくすらなって、どうしたら伝わるのかと落ち込んだ。

こちらを不満気に睨む霜月にあの頃の自分が重なったとき、言葉を飲み込んで目を反らす自分に重なる宜野座にどうしようもない罪悪感が込み上げる。

お前に何がわかる!

昔から何度も色んな人に言われた言葉。分かっていなかったのだ、同じ立場にいる人に背を向けられる悲しさなんて。


「入局当時の先輩をなくして、信頼していた人も立場を変えてしまって、ようやく同じ立場の人間がやってきたと思ったら反発ばかりして…しかも仕事もせずに事件だ捜査だって走り回るんですよ?
分担できるはずだったことを、増加した厄介事ごと宜野座さんに私、押し付けていたんです」


あの人は、冗談でもその頃のことで私を責めたりしませんけど。

ぐにぐにとフォークで潰す紛い物の野菜は惨めにペーストと化してしまっていたが、須郷はそれを止める言葉も口に出来ずに唐突に始まった常守の懺悔に耳を傾けるしかない。


ざわざわとした喧騒に満ちた食堂の中で、間違いなく二人のところだけが異質だった。


「あの人は優しいです。
私にも、霜月さんにも。誰に対しても心配することを止められない。
ただ一人自分に対してだけは優しくできない、絶望的に不器用な人なんです」


執行官は消耗品、監視官を守るための盾。

彼が監視官時代に公言していた通りに、宜野座は常守たちを守るためなら命なんて厭わない確信があった。
その常守によって、彼はサイコパスを悪化させたようなものなのに。

そこまで言ってから、始まりと同じように唐突に常守は黙り込んでしまった。
一応食べ終わったらしい皿を片付けに立つわけでもなくじっとコップを無表情に見つめているので、そっと須郷は尋ねる。


「…どうして、そんなことを自分に話されるのですか?」


場所も相手も、もっと相応しいものがあるだろうと思うのだが、常守はふるりと首を振って小さく口角をあげる。

それは見慣れた監視官の笑顔だった。


「宜野座さん、その人がその人にとって良くないことをしたら怒るんですけど。
例えば私の連日残業とか、あとは前に霜月さんが職務放棄みたいなことをしたらしいときとか。
でも、あの人の感情で誰かを詰ることはなかった。それを許してくれた人はいなくなってしまったから」


でも、須郷さんには感情的に当たり散らしてしまったんだって言ってたんです。


監視官の顔でほっとしたように笑う常守の向こう側に、年相応の彼女の泣き顔がみえた気がした。


「私は宜野座さんから、結果的に多くのものを奪ってしまったけど。
須郷さんは宜野座さんに、その中にあったいくつかを与えられる人になれるんじゃないかって思うんです。
だから、聞いておいて欲しくって」

「…自分は」

「私が勝手にそう思って、勝手に語っただけですから」

「監視官、」

「お酒入っちゃったらかえって言えなくなりそうなんでこんなところで捕まえてしまって、ごめんなさい」

「常守監視官!」


早口に言って立ち去ろうとする常守は多分今更居心地が悪くなったか恥ずかしくなったかだとは思ったが、須郷はこれだけは言っておかなければと少しだけ大きな声を出して彼女を制した。

驚きで丸くなった目をしっかり見て、最近よそで言ったばかりのことをもう一度口にする。


「監視官がおっしゃっていることの半分も自分は理解できていないとは思います。

ただ、自分は。
自分は、最後まで傍にいると。決して宜野座さんを置いていきはしないと。

それだけはしないと決めています」

「…それだけで、十分ですよ」


ありがとうございます。



須郷には、本当に常守の言っていたことは分からなかった。
察することは出来ても共に体験したわけではないのだから当然だ。
だかそれでも、嬉しそうに笑う顔から悲しさの影が消えることは二度とないのだろうということだけは痛いほどに理解できて。

どうして監視官になる人というのは、悲しい顔ばかりが印象に残るものばかりなのだろうと思うのだった。




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