PSYCHO-PASS部屋

□大切だから怒るのです
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まずは野菜だ。

このご時勢では目玉が飛び出るという表現が生ぬるい程高価な天然食材を好意で融通してくれる店に感謝しながら、葉野菜達を刻んでいく。
白菜は適当な大きさに、春菊は半分に。長葱を大きく斜めに切るのは、こうすれば辛さが出てこないから。
ハイパーオーツでないからこその先人の知恵を活用していく。

キノコもたっぷり、石突きを切り落としたエノキにシメジにマイタケも。切り落とした石突きも捨てずに一手間加えればバターの風味が香るステーキとして一品できあがり。

肉は野菜よりは比較的安価なので量は多めだが、間違いなく直ぐさま無くなるだろう。…もっと買っておくべきだっただろうか?

不安を抱えながらそれらを鍋に放り込んでいけば、流石にこればかりは出来合いのスープがたぷりと揺れる。

卓上サイズの電気コンロをONにして、仕上げは滅多に使わない内装ホロ。その筋の知識を豊富に有した後輩お手製のそれによって見慣れた部屋が100年前の一般家庭に様変わりする。

畳にコタツにアナクロのTV。
流れる放送はどうせ自分達には無縁のものが多いだろうから電源は点けないけれど。

準備はこれでよし…あ、まだあった。

こればかりはため息をつくしかないが、数本の缶ビールにワインのボトル、念の為にもう数本適当な酒瓶を見繕って盆に載せてコタツの横にセットして今度こそ完成だ。


「こちらハウンド・ワン。
状況はオールクリア、いつでも開始できる」


デバイスの向こう側でノリノリの明るい声が応じる。
酒が絡むと妙にこの人は昔の無邪気さを出し惜しまない気がするのは考え過ぎだろうか?


『こちらシェパード・ワン、了解しました。これより計画を実行に移します』


やたら大層なことを言ってはいるが、結局のところこれから始まるのは単なる無礼講。


『鍋パ飲み会の開催です!』


その会場に当然のように指定された宜野座はやれやれと肩をすくめて、了解だ、と笑って応じた。


§ § §


「監視官は、たしか子供の頃の出来事が原因で金槌なんだっけか」

予想通りにあっさり無くなった鍋はそれでもそれなりに全員の腹を満たしたようで、やはり予想通りにそのまま酒盛りに突入した。
明日日勤の雛川と須郷が抜けてしまい、期せずして霜月入局前のメンツが残った場で宜野座はイカの足を口から生やしながら話題を振った。

常守と六合塚、そして唐乃杜。
誰もが酒には恐ろしく強い。
ペースに巻き込まれて潰されないように彼女たちと飲むためにはツマミは必需品である。

常守は酒では赤くならなかった顔をぱっと染めて反応した。隣では面白そうに唐乃杜が笑い、六合塚がスルメを摘み上げている。


「ぇえ!な、なんで宜野座さんがそのことを…っ」

「運動神経がいいから、意外っちゃあ意外よねぇそれ」

「泳ぐようなことなんて滅多に、というよりほぼ皆無だもの。
皆知らなくて当然だわ…なんで宜野座さんが知っているのかが確かに不思議だけど」

「とある情報源からのリークだよ」


よし、とりあえず酒が止まった。
内心のガッツポーズをひた隠しながら、けれど情報源自体は隠すことでもないためあっさり白状する。


「狡噛がな、」


数週間前に1係全員で出動することとなった異国、シャンバラフロート。
そこで常守に託され単独行動をとった宜野座は、傭兵を倒して狡噛をぶっ飛ばして去る間際に愚痴めいたことを聞かされたのだ。
その内容はむしろ、宜野座にとって愚痴をこぼしたくなるものだったが。

尤も公式の報告では『逃亡犯を拘束したもののドミネーターを破壊され再び逃亡を許した』ということにしてあるために、若干表現に気をつけながらじっと続きを待っている女性陣に口を開いた。


「憲兵隊からの攻撃を避けるために池に飛び込むよう言ったらまず”無理です“と即答されて、浅いからと言っても抵抗されて、最終的にギノに怒られるぞ!と叫んだら飛び降りた…と。
なんだそれはと気が抜けた瞬間にドミネーターを破壊されてしまった訳だがな」


いったいどういうことなんだ、監視官?

にっこり笑ってやれば逸らされる視線。
わーお宜野座君が珍しく攻めてるわ、と唐乃杜が茶々を入れてきたがとりあえず無視である。
六合塚は最初の1本のスルメを延々噛んでいる。


「えーと、つまりですね」

「なんだか最近他係どころか他局からすら、常守監視官の保護者だなんだと揶揄われることが多くなってきているんだが。
多分あなたが無茶する度に怒っているせいだろうとは思う、が、本人に自覚があるのに改善する気配がないのはどういうことなんだろうな?」

「ほら、あの、いつもお世話になっているなぁと感謝は常々…」

「お守りは監視官の仕事で逆はやらせるなと以前言ったよな?」

「あー…」


これが無表情でネチネチとしていたならば六合塚は止めただろうが、宜野座は笑顔である。
こういう状態になってしまえば、普段の遠慮や気遣いが吹っ飛んで無敵になってしまう元・上司を止める術はないことを十分に彼女たちは知っている。

つまりは理性もしっかり残していながら、宜野座は強かに酔っていた。
深酒すれば醜態を晒す割に、程々の酔いだとこういう正論を笑顔で延々と突きつける反省マシーンと化す彼の性質を知るからこそ積極的に潰そうとしていたのに、今日は失敗してしまったようだ。


「うーん、今日の標的は朱ちゃんだったかー」

「前は志恩だったわね」

「そ、タバコとか、言動とか?
余計なお世話って思わないでもないけど、あれ、マジだからねぇ」

「あの人、酔ったらますます素直だわ」


嫌味でも無ければ攻撃でもない。
100%善意によるお説教。
彼が自分たちを大切に思っているからこそのそれは、鬱陶しくても跳ね除けるにはあまりに真っ直ぐだ。


先程からしきりに常守が目線でSOSを送ってくるが、やはり宜野座の話は正論かつ尤もなのでどうしようもない。
唐乃杜はひらひらと手を振り、六合塚はようやく2本目のスルメに手を伸ばして、そのサインを見なかったことにした。



「お、お2人の薄情者ーっ」
「常守。こっちを向いて話を聞け」





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