PSYCHO-PASS部屋

□凍りを溶かす怒髪天
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むかつく、むかつく、あーもー腹立つッ!


荒れ狂う内心を丸ごと反映して、キーボードを叩く音は破壊音でないのが不思議な勢いがある。
任官当初こそほぼ毎回気にくわないことがあれば同じことをしていたが最近はなくなってきていた凶暴な様子に、雛川はそそくさと分析室へと逃げ出しているのでオフィスには霜月一人だけが残っていた。

思わず視線がとある席へと彷徨って、無意識だったそれを自覚した途端に再び湧き上がる怒り。
凍り付けにした心はとある男に容易く最近溶かされて、というか簡単にあの男は地雷目掛けて爆弾を放り込んでくる。

すなわち、爆発する以外の道がない。



話は数時間前に遡って、宜野座に雛川と六合塚そして霜月が第二当直のシフトについた途端の出来事。
鳴り響くエリアストレス警報に出動したのはお決まりの廃棄区画で、色相が濁ったことにパニック起こした挙句通りすがりの一般人を殴り飛ばしながら犯人が逃げ込んだのは崩落寸前のような廃ビル。


「監視官はここで待機した方がいいんじゃないか」


あの男さえ言い出さなければ同じことを言ったのに、奴に同意するのも癪で無理矢理乗り込んだところまでは、まぁ良かったのだけど。

この日は稀に見る降雪で視界がホワイトアウトするほどで足場は最悪、挙句にいかにも小物な癖して対象は鉄の階段を登って逃げようとしているのだからそれを追いかける彼らもまた、濡れれば滑る危険地帯に足を踏み入れた訳である。

男性陣は革靴とはいえ滑り止め加工は施しているだろう。
六合塚はヒールでの逃走劇も板についた歴戦の執行官である。
つまり、一番経験がない霜月が悪路の洗礼を受けたのだ。

つるり、コミックならばそんな効果音を付けられそうなくらい見事に霜月は足を滑らせた。
いつも通りに執行官を先行させていたために後ろで彼女を受け止める者など居はせず、ざっと血の気の引く音を彼女は聞く。

、叫びかけて喉の奥で言葉が凍る。
…叫んだところで誰も助けてくれる訳ないじゃないか、ここには潜在犯しかいないのに。

無意識に伸ばした手が宙をかき、先行する執行官たちの背中から錆びた階段の裏側に視界がシフトして、さて後ろには何段あるのだっけと諦めて目をとじた瞬間、縋ることを諦めた手が誰かに掴まれた。

落ちる勢いと引き止める力。
後者の方が遥かに強くて軽い霜月の身体は一気に手を掴んだ誰かの方へと飛び込んでいく。
強かに鼻を打ち付けた痛みはけれど、手だけでなく全身をしっかりと受け止めてくれた暖かさに相殺される程度のものだ。


「…宜野座、執行官?」


目の前に広がる茶色のコートは控えめにいっても地味で、無駄に顔が華やかな男にはちぐはぐだと思って目についていたから間違えようもない。
彼は霜月をしっかり立たせると、彼女に答えるのではなく上を見上げ、執行しろ!と叫ぶ。

それが本来自分がすべき執行官への指示だと悟って血相を変えかけた霜月にすぐに向き直った途端、彼はこう宣ったのである。


「あなたが執行官嫌いなのも男嫌いなのも察しているが、仕事でそのくらい割り切れないのならまだまだ子供でしかない。
いつもの3人チームならともかく、執行官が3人もいるなら1人は背後の護衛に付けるのが妥当な選択だと思うが?」


若干かつてが垣間見えるような、言ってる内容的には今だからこそのような、微妙なラインの説教は物の見事に霜月の地雷に爆弾を投げ込んだのである。



…そして今に至る。
何が腹立つって、執行官の分際で彼の言い分は理路整然として反論が咄嗟に思いつけないことと、提出してきた報告書が霜月のミスが全くなかったことになっている見事な出来映えであることと、怒り狂っている霜月をいつものことと流してさっさと部屋に戻ってしまったこと。

なによりも!


「……なによ、かっこつけて」


転倒しかけたときに助けてもらったこと。
それを当然だと言い切ればいいと分かっているのに、礼の一つも受け取ることなく向けられた背中が心にささくれを作ってしまい、嫌な感じだ。


「もう、潜在犯のことなんか考えるなんて!色相が濁っちゃう」


そんなことなってたまるものか。
クリアなまま、大好きなこの世界を守るためにシビュラに忠実な駒として振る舞うために、このささくれは邪魔以外何物でもない。

なのに消えない。
消せやしない。

だから霜月は全てのもやもやをまとめて怒り狂う。


「ムカつく男……っ!」


禿げてしまえ!!!






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