PSYCHO-PASS部屋

□思い出と約束
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SEAUnの軍人たちに応じて危なげなく立ち上がった常守は、ふと宜野座を振り返った。


「そういえば宜野座さん、シャンバラフロートの観光とかしました?」

「…そんな暇があったと思うか?」


ジト目になるのは仕方ないことだ。
日本と違って、執行官への制約は無いに等しいほどの異国の地。
霜月は六合塚たちを連れて見物にいったようだが、宜野座は今の今まで医療室に放り込まれていたのでそんな暇なく母国に戻ることになる。

(有名だったらしいあの傭兵相手に五体満足でこの程度の怪我なら素晴らしいと褒められたが、2人がかりの上にとどめを刺したのが狡噛なので憮然としたのは仕方ないことだ)


別に制約を不満に思っているわけではないが(むしろ当然と考える、基本的なところは監視官時代からぶれない宜野座だが)いかにも開放的なシャンバラフロートの空気に未練がないわけがない。

高い位置からじっとりとした視線を注がれてあたふたと弁解の言葉を探している常守に、それまで黙って2人の会話が終わるのを待っていた軍人の1人があの、と控えめに声をかけた。


「はい?」

「出発の時刻を、少し遅らせることは可能です。
前議長からも便宜を図るようにとの命令を受けています」


その首元にはまる枷に唇を噛む常守に代わって、宜野座は本当に構わないのかと確認した。
見下ろす長身に怯むことなく、軍人は頷く。

数時間程度なら機器の準備を遅らせれば作ることができるという言葉に、今度は湿り気を帯びない視線が常守に注がれる。
普段自分の欲求を抑えきって忠実な番犬たろうとする人の、珍しくストレートなおねだりである、常守に断る理由などなかった。



護衛とタイムキーパーを兼ねて、常守たちに話しかけてきた軍人がついての観光は、1人でまわった時の何倍も楽しかった。
潜在犯に故意に突っかかって係数をあげさせる悪趣味な行いも軍人を引き連れた外国人の前では流石になかったし、常守から話を聞いた宜野座が聞こえよがしにそういった行いで色相がクリアに保てる訳がないと言い放ったせいで見覚えのある男たちが顔を青くしているのには思わず吹き出したほどである。

勿論、“あの”宜野座がその程度で済ます訳もなく、心を抉って塩を塗り込むような嫌味もそのまま滑らかに男たちに届けられた。
これが純粋な指摘と忠告なのだとわかるまでに何度も泣かされた常守としては、うってかわって乾いた笑いを浮かべるしかなかったのだが。


以前は立ち入らなかった市場は、より一層の喧騒と活気に溢れていた。
見たこともないような果物に香辛料の山。その全てが、ハイパーオーツの食事が常識となった日本ではなかなかお目にかかれない天然食材である。
恐らくりんごと思われる果実を手にしながら、宜野座は目を細めて呟いた。


「…きっと、縢がここにいたら、手綱を握るのは大変だったな」


この人がいなくなってしまった人のことを口にすることは少ない。
けれど、常守も同じように鮮やかな色彩の天然食材に囲まれ笑う人を思い起こしていたから、驚くことはなかった。
少しだけ痛む心を宥めながら応じる。


「きっとお給料全部遣い込んで、気になる食材買い込んだでしょうね」

「あときっと煩かったぞ。足りない分を出してくれと泣きついてきそうな気もする」

「宜野座さん、行儀よくしろーとか怒るけど最終的には払ってあげてそうです」


ガミガミ眼鏡と呼ばれていた頃でも、結局は優しい人だったから。
もしかすると、口の達者な彼に言いくるめられてという流れだったかもしれないが。
思い出す度に切なくなるのは仕方ない。それでもようやっと、常守は彼のことを“懐かしい”というカテゴリにいれて取り出せることができるようになっていた。


「あーあ、縢君の手作り料理食べたいなぁ」


ちょっぴり塩辛いことには目をつぶって口にした願望に、この数年間で何度も聞いた常守を甘やかす声音が返される。


「…あいつのようにはいかないが。
あいつの残したレシピで何か作ろうか」


え、と目を見張って見上げた先は、優しくて綺麗な翠の目。


「縢が行方不明になったとき、あなたは狡噛と一緒になって槇島を追うことに必死だったから。
あいつの部屋の整理は俺がして…ゲーム機はともかく、レシピくらいはと残してあった。
執行官に就任したときに戻ってきた荷物にそれが入っていたんだ」

「……宜野座さん、ずるい。私そんなの知らなかったですよ?」

「…あなたが縢のことをそうやって口に出せるようにならないと、折角のレシピがもったいないだろ」


スマートとはいえない手つきで頭をぽんぽんと撫でて、宜野座は笑う。


「あいつほどの味には絶対ならない自信があるが。
それでもいいなら、ここの天然食材をいくつか買って帰って手料理を食べさせてやる」


自信満々なんだかないんだか。
胸を張ってるけれど手にあるのは人参だし、こんなこと絶対昔は言わなかったくせに。

あぁもう本当に、変わってないけど変わりすぎだ、この男は!

泣きたいんだが笑いたいんだか、大きく跳ねた感情に任せて常守はばしりと宜野座を叩く。
機械の腕はこちらが痛いから、生身の脇腹を二度三度。
怒っているわけではないと知っているから、宜野座も甘んじて受け入れる。

測定するまでもない、きっと互いの色相はここ最近で一番クリアなものになっているだろう。




「…1係の皆も呼びましょうね」

「霜月監視官は難しいかもな」

「そこは六合塚さんや唐之杜さんの腕の見せ所です。
あ、私もなにか手伝います!」

「いや、いい。大丈夫だ。ありがたいが、本当に。あぁそうだほら霜月監視官との仲を深めるために貴女も説得に参加した方がいい。
生意気な後輩だからって距離を置くもんじゃないぞ」

「色んな意味でどういうことですか宜野座さん!!」





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