PSYCHO-PASS部屋

□道標
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“お前は優秀な猟犬だ”

そう言って笑った顔が、今の自分の導なのだ。


1係にやってきて、それなりの時間が経った。
経緯は決して許されないものだったけれど、その悔恨をも引き連れて歩む日常としては勿体無いほどにここは居心地のよい場所だ。

監視官は変わり者だと評判の常守監視官と、歴代最年少で就任した霜月監視官。
対照的ではあるが、どちらも職務に対し忠実な、有能な上司たちだ。
守るべき人を守らず殺した自分に、二度目を許すつもりはない。
彼女たちは自分の最後の上司となるだろう。

同僚にも恵まれていると思う。
配属されて間もない雛川執行官はあまり積極的に話しかけてはこないものの、専門知識が豊富で事務処理は着々と要領を得て処理速度を増していっているし、六合塚執行官はいかなる場面でも冷静で、1係に長く在籍していることから常守監査官らとの連携は眼を見張るものがある。

そして…宜野座執行官。
彼のことは、彼が監視官であった時から知っていた。

当時の自分の上司であった青柳監査官とは同期のよしみでよく話しているのを見かけていたし、普段から快活な青柳監査官はともかく、冷徹な印象の強い彼でも同期の前では穏やかな様子になるものなのかと、言葉は悪いが物珍しい気持ちになったものだ。

彼は執行官に対して距離をきっちりと置き馴れ合わない監視官らしい人物として執行官の中では有名だったが、それを指して不平を口にするのは他係の連中ばかりで直属の部下たちはそういった陰口には参加してこなかったのをみて、噂は噂でしかないのだろうと思っていた。


「彼は厳しいだけよ、自分にも他人にも。
自分に要求していることがとんでもなく高いってこと自覚してないから」


仕事をせずに噂話に花を咲かせる同僚たちを制裁しながら青柳監監視官が言った言葉に、とても真面目な方なのだろうと、話したこともないくせにイメージを作り上げていたのかもしれない。
実際に合同捜査を行ったときにみた彼はどちらかというと執行官たちの噂話の方に近い人間のように思われたが、厳しい言動と裏腹に執行官に対しても人間同士として向き合っているように感じられた。

あんなにまともに関わっては傷を負うのではないかと心配になるほどに、素直に感情をぶつけていっている人。

それを知っていたから、彼の同期で友人の青柳監視官を射殺した自分に彼が投げつけた言葉の痛々しさに申し訳なさが募った。

監視官であったなら、きっと彼は感情を抑えることなく自分を言葉で滅多刺しにできただろうにと、きっと自分を責めてくれただろうにと身勝手なことすら考えた。


本当に、身勝手だった。
宜野座執行官は、自分には想像できないくらいに赦すことと、信じることを恐れない人だったのだ。


彼がどれだけ常守監査官を大切しているかなんて見ればわかるのに、自分が組んだ、そんな彼女が危険に晒される作戦を彼女が望んだとしても受け入れて。
下手をすれば命を落とす局面で、自分に酒々井監査官を止める役目を任せてくれた。

そして、あの言葉。

青柳監査官への言葉の後に、彼はもう一度自分を振り返り笑って言った。


青柳は、いい部下を持ったな。
お前は、優秀な猟犬だ。


恨みを押し殺して去った背中はそんな遠い日のことではなかったのに、彼は今、偽りなくそう思って笑っている。自分を、赦してくれている。
それにどれほど驚いたことか。


友人のように親しくしてくれて。あの日の青柳監査官のように、自分のことを信じる言葉をくれた。
それがどれほど嬉しかったことか。


恥ずかしいほどに号泣して彼を狼狽させたあの夜から、宜野座執行官の言葉が自分の中で導となった。
1係に降りかかる最悪を、片っ端から跳ね除け食い千切っていくような。
向けられた信頼に応えて真っ直ぐに駆け抜けていくような。
彼が信じ、頼ってくれる、そんな自分でありたいと。


「流石だな、須郷」


勇ましい飼い主の言葉に従って、共に信託の女神の輝きを浴びせながら、彼は笑う。


「お前は、優秀な猟犬だ」


その言葉を聞けるなら、自分は何だって出来るだろう。




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