PSYCHO-PASS部屋

□その願いは裏切られない
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須郷徹平を一言で表すと、と尋ねれば。

恐らくは誰しもが迷うことなく真面目な人だと返すだろう。
捻くれた者ならば、クソ真面目だとか言うかもしれないが、概ね同じニュアンスの言葉なのは間違いない。
その真面目さが彼の犯罪係数を跳ね上げ、色相を濁らせたのだろうと。
たった今本人から否定されるまで、宜野座もそうだと根拠もなく思っていた。


鹿矛囲桐斗が引き起こした一連の事件の終結とともに、宜野座と須郷は青柳の死を巡る蟠りが解けて、仲の良い同僚と言っていいほどに打ち解けた。
宜野座にとっては初めて得た素直な後輩であり、狡噛や青柳以来となる友人だったが、互いに対人関係が器用でないことがかえってよかったのだろう、冗談を言いあえるほどになるまでの時間は常守が驚くほど早かった。


互いの部屋で酒を楽しむことも自然と行うようになった、その時何気なしに宜野座が「もう少し不真面目だったら、生きやすかったろうに」と戯れたのを、須郷は不自然なほどきっぱりと否定する。


「いえ。自分が潜在犯となったのは、真面目過ぎるからなどではありません」


あまりに断言するものだから、宜野座はこれは怒らせてしまったかもと焦ったほどである。
動揺が顔に出たのだろう、須郷は硬い表情を緩めて言葉を足す。


「よく、皆から言われます。
蓮池からも、クソ真面目すぎて色相が濁ったんだろう、と揶揄われました。
でも、違うんです。
自分は、最高を想像できないだけなんです」

「すまん、須郷。よく分からないんだが…」


素直な宜野座の言葉にも、須郷は笑うことなく説明した。
曰く、何をするにしても最悪の予想を一通りしてしまい、上手くいったビジョンが思い描けないのだという。


「例えば、遊ぶ約束をしたとして。
破られるかもしれないとか、間に合わないかもしれないとか、起き得る悪いビジョンを考え通してしまい、実際がそれよりマシだった、という見方ばかりをしてしまって…。
軍事ドローン演習のオペレーターをしていた時も、それこそ暴走したらどうしようなんて常に考えていました」


それはシビュラが管理する社会では起きるはずのない、起きると思うわけのない事象。
社会から逸脱した思考。


それが四六時中ずっと頭の中を回っているのを想像して、思わず宜野座はこめかみを抑えた。監視官時代の自分に当てはめるなら、延々自分が潜在犯に堕ちるかもしれないと考え続けるということだろう。

色相以前に精神をやられそうな話だ。

そして確かに、それが彼の色相を濁らせた原因なのだとすれば、真面目さとは違うと主張するのも分かる。
古い言い回しをするなら、石橋を叩き壊す性格なのだろう。

だが、

それを口にしても許されるのか、宜野座はしばし逡巡した。
なにしろ彼と自分、どちらにとっても痛みをもたらす話題だ。
実際、酒々井を須郷が止めたとき、あの一度しか宜野座はそれに関して言及していない。
しかし、時に鋭過ぎるほどはっきりと物を言う宜野座の躊躇う姿に自然と察してしまったのだろう。

須郷は自ら傷口に爪を立てた。


「…青柳監視官に執行官にならないかと声をかけていただいた時に、この自分の悪癖を、あの人は最悪を回避できる得難い能力だと言ってくださいました。
自分が部下にいれば、2係は最悪なことにはならないと」


とても嬉しかった、須郷は目を閉じて呟いた。


「潜在犯たらしめたこの思考があの人を守る力となるなら、むしろ誇らしかった。
あの時、強襲型ドミネーターの引鉄を引いたとき、自分の中での1番の最悪は…あの人が潜在犯に殺されることだった」


スコープの中、犯罪係数はどちらもオーバー300。
最悪を弾き出す自分の能力は、そのどちらも、青柳であるなんて想定しなかった。

だって、


「…だって、あの人は、監視官だから」


からん、と須郷の手の中でグラスの氷が回った。
宜野座が青柳に振る舞った、最初で最後のアルコール。
危ういところに立っていると互いにわかって、それでも彼女は大丈夫だと宜野座だって思ったとも。
外れかける蓋を理性で抑えつけて、しがみついてみせると言い切った彼女だったから。

自分の不用意な言葉で再び苦しませてしまった後輩を前に、宜野座はいつか彼に投げ付けた言葉の刃を抜き取るべきが今なのだと悟る。


須郷は間違ってなどいない、けれどそれは、潜在犯を排除したことではない。


「お前は、自分の能力は役に立たなかったと悔いているようだが、それは違うと俺は思う」

「…宜野座さん?」

「監視官は執行官の飼い主だ。
その中でも、青柳は強くて、真っ直ぐで優秀な奴で、あいつはあいつの全てでもって監視官たろうとしていた。
それなら、執行官は監視官を信じるべきだ。
どんな時でも監視官であると己に課していた青柳が濁っているかもしれないなんて考えるのは、最悪を想定する能力じゃない。

最低な裏切りだ」


あの施設で何があったのかは分からない。
だから結果的にどうして青柳が犯罪係数を上昇させてしまったのかも分からないし、事実として須郷は青柳を射殺してしまった。

それでも。

青柳が信じた須郷の能力も。
須郷が信じた青柳のあり方も。

どちらも決して嘘でも、無意味でも、ましてや裏切られてなんかいやしない。

そう宜野座は断言した。


「だから、須郷」


うっかりグラスを落としそうなくらいに呆然とこちらを見てくる男に宜野座は自分にできる最大限で優しい顔を作ってみせる。


「期待してる。
お前の能力があれば、お前がいれば。
1係は最悪なことにはならない」


この宜野座の言葉を理解した瞬間に須郷は涙腺が決壊したかと思うほどに涙を流しまくったのだが、それは当人同士と一匹のシベリアンハスキーしか知らぬこと。
そしてそれから2年の間、2度の壊滅を経験してきた1係は1人の欠員を出すことなく厚生省公安局の任務を果たしていくことになるのは、今は誰も知らぬことだった。




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