合縁奇縁

□その8
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安全地帯の図書館を目指すといっても、流石裏側というべきか、校舎の構造は時折変化しているらしく、それまであったはずの廊下が突如階段へと変化していくのを目撃した幸村たちの表情は硬かった。


「もう一度ダウジングはできんのか?」


校舎全体が作り変えられている可能性に気づいた仁王の言葉に、しかし飛鳥井は苦い表情で首を振る。


「ダウジングは必ずしも正確なものじゃないんだ。そのときの集中具合や場の空気に精度は影響されるし、なにより、僕たちの居場所が知れてしまうリスクがある」


先ほどから息をつくまもなくテケテケやら口裂け女などの典型的な都市伝説系の化け物や、グロテスクなゾンビ系の化け物に追われている状況である。
そのたびにぎりぎりのところを切り抜け、時には組紐を操った飛鳥井が撃退しているが、最初に行ったときのように集中してダウジングを行うには無理があるだろうことは幸村たちにも理解できた。
そして後者のリスクを冒してまで初めに何度も鈴を振ってくれたのが裏側の異質な空気に中てられた自分たちのためなのだろうことも。


「じゃあ、あとは勘で行くしかないようだね」
「不十分なデータではあるが、大体の変化パターンは読めた。増えているのは階段や壁だけで、教室は変わらないところをみると、図書室の位置も初めの場所から変わっていないだろう」


周囲の異変に気づくために緊張し続けている飛鳥井の疲労が浮かぶ横顔をうかがいつつ、幸村と柳が方針を決めていく。
訳の分からないところに放り出されようとも、普段と変わらぬ部長と参謀の姿にレギュラーたちは素直にいつもの調子を取り戻す。
あまりに通常運転な様子に飛鳥井の方が呆気にとられるくらいである。

柳生や仁王を交えて図書室へのルートを算出している頭脳派を横目に、ジャッカルは一度背負っていた山下を下ろした。
途中で意識を取り戻した彼女は一応学習したのか、ここまで叫んではいないのだがその代わりに恐怖を押し殺すようにジャッカルの肩に爪を立てていたので地味に痛かったのだ。

礼を言うことなく一団より少し離れたところへ腰をおろした山下に、感情に素直な切原や丸井などは思いっきり顔をしかめるが、場を険悪にしても事態は好転しない。
なにより表に出さないように取り繕ってはいるが、明らかに疲れが目立つ飛鳥井に余計な負担をかけたくないのか口に出して文句をいうことは控えたようだった。

そんな二人の思いを知らぬ飛鳥井は、やはり彼らから少し離れたところで壁にもたれて目を瞑っていた。
ここまでなんとか全員が無傷で襲い来る怪異たちから逃げ延びてこられたのも飛鳥井がいちはやく危険を察知してくれていたからであり、それはつまり一番神経を尖らせているということである。いかにこういった事柄に慣れているようであるとはいえ、感じている疲労感はこの場の面々の中でも相当高いだろう。


「飛鳥井、大丈夫か」
「あぁ、平気だ。切原は?大丈夫か?」
「平気っす」


気遣わしげにジャッカルが声をかける。
それに少し嬉しそうにして答えた飛鳥井は、逆に切原を気遣ってみせて、明るい彼の返事になんだかじーんと感動しているように見えた。
よっぽど最近知り合ったという年下が生意気だったようだ。

自分たちの知る最も生意気なルーキーとはどちらのほうがひどいだろうか、などと面白がった丸井が問いかけ、それに飛鳥井も応じて笑いが起こった、その時。



ほんの僅かな気の緩みを狙うようにして、“それ”は現れた。



誰よりも何よりも早くその接近に気がついたのは、やはり飛鳥井の鈴だった。
りん!と高らかに鳴り響いた音にはっと顔を強張らせた彼は素早く周囲に頭を巡らせて、それまであったはずの壁が溶けるように消えて繋がってしまった廊下に佇む男の影を目の端に捉える。

鈴の音に同じく反応した幸村は見た、表情も判然としない男の顔の中いやに輝く赤い眼孔が愉悦に歪むさまを。そして気づく、男が持つぼろぼろと刃毀れした大鉈がゆっくりと持ち上げられたその先に、唐突な異変に固まるしかなかった山下がいることを。

狂ったような笑い声と共に振り下ろされた凶刃に誰もが凍りつく中、飛鳥井だけが動けた。


「こ、っの・・・・!」


特別製なのだと得意げに笑ってみせた組紐を鉈を握る手めがけて放つと同時に山下の横へと滑り込んだ飛鳥井は、細い体躯のどこにそれだけの力があったのか驚くほどの勢いで彼女を幸村たちの方へと突き飛ばした。
真っ直ぐに山下の脳天へと目掛けて振り下ろされていた鉈は組紐によって狙いを反らされる。そのまま地面へと食い込むだろうと優れた動体視力を有するレギュラーたちが無意識に予測したその刹那。


ゴキリ


嫌な音をたてて男の腕があらぬ方向へと曲がり軌道が再び変えられる。
ぎらつくその刃は、山下の後を追うように幸村たちの下へと走り出そうとしていた飛鳥井の肩を切り裂き、いやに鮮やかな赤が飛び散った。






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