らんま1/2
□はい、あ〜ん
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今日、かすみさんとおふくろは揃って婦人会の旅行に出掛け、なびきは友達の家に泊まりに行き、おじさんと親父は町内会の飲み会で夜中にならねぇと帰ってこねぇ。
じじぃの姿も見当たらねぇが、きっとまたどこかで悪さでもしてんだろ。
今のこの状況は非常にマズイ。
何がマズイって…そりゃ、なぁ。
今この家にいるのは、俺とあかねだけってことでぃ。
男と女が1つ屋根の下にいるんだぜ。
何があってもおかしくねぇじゃねぇか。
そぅ、何があっても…。
「乱馬〜。ご飯出来たわよ〜」
俺はあかねの声に反応するようにシュタッと逃げ出した。
理由は…言わなくてもわかんだろうが!
庭へ飛び出し、塀を越える辺りまで来た時だ。
ゴチィ〜ン
家の中にあるはずのポットが俺の頭を直撃する。
俺は塀に激突し、そのままズルズルと地面に横たわる。
「さぁ〜乱馬。美味しい夕飯作ったからね。一緒に食べましょう」
逃げ出したことを怒っているのか、少しだけ顔を引き攣らせたあかねが、それでもニコッと笑って俺の襟をグイッと握る。
俺が家族の留守を知ったのは今さっき。
あかねが家族の留守を知ったのは、昨日のことらしい。
かすみさんとおふくろが今日の分の夕飯を作ろうとしていたのを、どうやらあかねが止めたらしいのだ。
夕飯なら私に任せて!とかなんとか言ってる姿を容易に想像できる。
かすみさん、おふくろ、なぜあかねを止めてくれなかったんだ。
ズルズルとあかねに引きずられながら、テーブルに着く。
最早これまでか!?
隣を見ればニコニコと笑うあかね。
テーブルを見れば、見た目の悪い、所々焦げた何かの物体。
これは…食い物…か?
「えへへ。さ、食べて」
「…ははっ。ちなみに、これ、何?」
「ハンバーグよ!見ればわかるでしょ!?」
「ハンバーグ?…これは?」
「サラダよ」
「んじゃ、これは?」
「みそ汁よ」
「…へー」
「………」
「………」
会話が止まる。
手は動かない。
あかね曰くハンバーグらしきそれは、形はいびつで焦げて黒いし。
あかね曰くサラダは、かかっているドレッシングらしきものが異臭を放っているし。
あかね曰くみそ汁は、なんかドロドロしてるし。
アレ?なんか、板みたいなもんがサラダに混じってる気がすんのは…気のせい…じゃねぇなきっと。
アレはまな板の破片に違いない。
「…乱馬」
「…え?」
「食べるの?食べないの?」
食べたくない。と、思わず口から出そうになるのをグッと堪える。
俺の顔からは、きっと滝のような冷や汗が出ているに違いない。
ジットリと汗が滲んでいる手がその証拠だ。
「ちなみに、味見は?」
「してないわよ」
「しろよ頼むから!味見くらい!」
「何よ、マズイって言いたいわけ!?」
「いや、だから、その…」
腹を壊すのは嫌だ。
でも、あかねの泣きそうな顔を見るのも嫌だ。
ここで食わねぇとあかねはきっと泣きそうな顔をする。
あぁ〜、でも、食えと言う俺と、食うなと言う俺が脳内で喧嘩してやがる。
それも、食うなの俺の方が一歩リードだ。
どうする?
どうする?
どうやって乗り切る!?
「いつまでそうやってハンバーグを睨んでるつもり?」
「ひっ!?」
横を向くと、静かな怒りに満ちたあかねの顔。
顔を引き攣らせながら笑う俺。
そんな俺に、あかねがはぁ〜っとため息。
「…あかね?」
「わかったわよ。乱馬」
「え?」
食わなくてもいいってことか?
一瞬笑顔になる俺に、あかねが言い放った。
「食べさせてあげるわ」
「………は?」
「はい乱馬。あ〜ん」
あかねは俺の箸を持って、ハンバーグを一欠片俺の口元へ…。
ドキドキと心臓が高鳴る。
これは、あ〜んに対するドキドキか、それともあかねの手料理から逃げられないことに対するドキドキか…。
ゆっくりと口を開く。
捩込まれるハンバーグもどき。
「んぐっ…」
「乱馬!?」
途端に脳天を突き刺すようなマズさが俺の舌を支配しやがる。
俺はそのまま意識を手放すことに決めたのだった。