光が一切ない真っ暗闇の中、夜目の効くジェネルは何の苦もなく進んでいく。足元のぬかるみも避け、乱雑に積んだ為に崩れたのであろう木箱を乗り越え、無駄にある障害物を超えて行く。
「……あんたって夜目が効くの?」
あまりにも静かに付かず離れずついて来る気配に疑問を投げかける。
「いや、全然。ハニーの姿も見えないよ?」
当然と言わんばかりのロビンの答えに怪訝そうな目を向ける。
「あんたさっきから障害物にぶつかってないわよね?」
「勿論。ハニーがぶつからない限りはぶつからないと思うよ?」
「何であたしがぶつかったらあんたまでぶつかるのよ」
「それは勿論、愛だけでなく痛みをも共有―――」
ロビンが言葉を続けるより先に木箱が飛んできた。見事に顔面にぶつかると、地面に落ちて割れた。
「ハニー。障害物にぶつかってしまったよ……」
「無駄口叩いてるからじゃないの?」
暗闇の中にジェネルが手を叩く音がこだます。
「飛んできた様に思ったんだけど……」
「気のせいよ」
そう言ってジェネルは再び歩き出した。それ以降何の会話もなく一つの扉の前にたどり着く。その扉を叩くとノックで返事が返ってきた。
「ジェネルよ。変態が一緒だから今日は割愛して。ガルスから連絡行ってるでしょ?」
ジェネルがそう言うと、扉が開かれた。急激に入ってくる光りに少し目を細め、ジェネルはやり過ごす。
「変態なんて連れて来るなよなぁ……」
光の中から呆れ返った声が聞こえる。
「ごめん。言い聞かせるのめんどくさくて……馬鹿なことしないように見張ってるから許して」
そう言ってスタスタと歩いていく。
「失礼」
ジェネルの後ろに付かず離れずついて行くとそこには炉端に乱雑に開かれた闇市。
「……此処がマーキスの闇市広場『路地裏』ですね……ふむ。ハニー、変な行動は起こすつもりもないから単独行動させてもらうよ」
「えっ、ちょっと!」
踵を返そうとするロビンの腕を慌てて引き寄せる。
「勝手な行動しないで!あたしの信用問題になるから。あんたの行きたい所もちゃんと行ってあげるから先にこっち!」
ジェネルは腕を抱き込んでロビンを引っ張って広場の奥へと真っ直ぐ向かう。一番奥にヒッソリと立っているテントを何の声かけもなく入った。
「ジジ様、ババ様。こんにちは。許可書貰える?」
テントの中には仲良く並んでお茶を啜っている老夫婦。
「おやまぁ、誰だったかねぇ、じぃ様」
「誰でも良いんじゃなかったかなぁ、ばぁ様」
「そうじゃねぇ。ほい、許可書」
勝手に納得してジェネルに紙を手渡す。
「ありがと。もう一枚貰える?」
後ろのロビンを二人の目の前に出すと、老夫婦はとても驚いたように口を開く。
「おやおや、お婿さんかねぇ、じぃ様」
「ええ男だなぁ、ばぁ様」
「これはただの下僕だから。変なこと言ってないで許可書頂戴」
「まぁまぁ。下僕のロビンと申します。こちらは許可書を持って入る規則ですか?」
急かすジェネルを宥め、ロビンは老夫婦に尋ねる。
「いんやぁ、皆さんなんでかわしらの所に来なさるんでねぇ」
「何かやらんといかんだろうてなぁ。そしたら若いもんが物やらんと紙やれって持ちなさったんやなぁ」
「ジジ様もババ様も自分の闇市商品をただで渡してたから見兼ねた奴らが許可書渡す役目を任せたのよ……自分達が破産することなんて考えちゃいないんだから……」
「そうでしたか。ここの長老的役目の方かと……」
「あながち間違っちゃいないわよ?だってジジ様達に認められなかったらたたき出されるからね。許可書持ってない奴らはたたき出す決まりなのよ」
ジェネルの言葉にロビンは老夫婦に優しく笑いかけた。
「最近困ったことなどはありますか?」
「そうだねぇ、しいて言えば新しい子達が入らんねぇ」
「もともとマーキスは人が少なくてなぁ、商品の仕入れは上手くいっても買い手がおらんことにはなぁ」
とても寂しそうに語る老夫婦にロビンは少し考え込む。
「だからジジ様、ババ様。前にも皆が説明したでしょ?闇市は一度荒れたからこう言う形を取ってるんだって」
「でもねぇ。買い手は制限するが売り手は制限しない。この形は果たして良いことなのかねぇ……」
「わしらはずっと疑問じゃったなぁ。商品が荒れることは買い手も荒れておると言うことじゃしなぁ」
「新しい風をと紹介されるもんは拒まなんだが荒れてはおらんかねぇ?」
とても心配そうな老婆に、ジェネルは首を横に振った。
「大丈夫よ!あたし達が荒れても何とかするから」
「……そうかいねぇ」
「ありがとなぁ」
そう言って老夫婦は口をつぐんだ。
「……すみません。私にも許可書を頂けますか?」
「ああ、悪かったねぇ」
「持っていきなさいなぁ」
「ありがとうございます。ハニー、すまないが先に行くよ」
ロビンは許可書を受け取るとジェネルを置いてテントを出ていく。
「えっ?!ちょっと!ジジ様、ババ様あたしも行くわ」
慌ててジェネルはロビンの後を追った。
「……婿さんかいねぇ?」
「嫁さんかもなぁ?」
変な会話を最後に二人はまたお茶を啜り始めた。