丸井ブン太

□夢心地
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あとちょっと―――。

あとちょっとで間に合う―――!




『ガラッ』

「はぁ・・・はぁ・・・」

ドアを開けると同時にチャイムが鳴り響いた。

「はいお疲れさん。桐島、ギリギリセーフだ」

担任ににっこり微笑まれているが、あたしは息を整えるので精一杯だった。

「桐島ー、次遅刻したら分かってるな?」

「・・・あい」

周りのクラスメイトたちは笑っていた。

―――次遅刻したら1人で教室掃除だ。

そんなの絶対やりたくない・・・。



「ふぅ、疲れた」

自分の席に座ると、隣の席の赤髪が話しかけてくる。

「栞、また寝坊かよ?」

「・・・うっさい」

あたしの長い茶髪をくるくると巻いて遊んでいるブン太。

ちょっと気になる本があったりすると全部読みたくなるのがあたしの悪いところだ。

「ふぁ・・・眠い」

眠い目を擦りながら授業の準備をする。

「栞、おはようさん」

「仁王、おはよう」

「あんま夜更かしはいかんよ。寝不足はお肌に悪いからのう」

「気をつけるよ。仁王はどっかの赤髪と違って優しいよね」

「俺だって気にかけてるだろい」

そのままブン太は拗ねちゃった。

仁王は屋上で寝てくるとか行っちゃったし。

「ごめんってばー。ね?飴ちゃんあげるから許して」

「・・・何味」

味を気にするのか、ブン太らしくて笑えない。

「いちご味」

「いる」

飴1個で機嫌が直るなんて。

・・・単純。




「終わったぁー」

そのまま授業はすべて終了。

良かった、危なかったけど寝なかった!

「なぁ栞。今日部活見に来ねぇ?」

ブン太からのいきなりの誘いだった。

「えーやだ」

「拒否権はないぜよ」

ふと後ろから声がして振り返ると仁王がいた。

「んじゃ行くぜい」

「行くかの」

仁王とブン太に両腕を固定され、強制的に連れて行かれる。

「やだやだ!放せ」



結局ずるずるとテニスコートまで連れてこられてしまった。

「部活終わったら一緒に帰ろうぜい」

「やだ。今すぐ帰る」

ただでさえ立海のテニスレギュラーは人気高いんだ。

なのにコート内のベンチに座ってるあたしはあれだ、命知らずだ。(無理やり入れられたんだけど)

見てみろ、フェンスの外からあたしを睨んでる女子がうじゃうじゃいる。

―――とりあえず今すぐ帰りたい。

「栞?俺の許可なく帰るのは許さないよ?」

「・・・幸村くん」

目がマヂだ、この人。

冷や汗とまらないんですけど。

「ゆっくりさせていただきマス・・・」

にっこり微笑む幸村くん。

あたしは騙されないぞ、この笑顔に。

「帰りは丸井くんが送っていくそうですから、どうぞ安心してください」

柳生くんがせめてもの救いだ。ありがとう、ジェントルマン。

でも1つ言わせてもらうと、あたしの心配はそんなことじゃないです・・・。

幸村くん怖いし、大人しくいるしかない。

でも人気高いのも分かる気がする。

レギュラーは皆カッコいいと思うし、テニスしてる姿は一段と輝いてる。

常勝を掲げてるのも頷ける。




暫くそのまま練習を見ていたけど、どうやら終わったらしい。

「栞!帰ろうぜい」

レギュラー陣がこっち見てるんですけど。

・・・何故。

後ろから赤也くんの「丸井先輩っておいしいとこいっつも持っていきますよね」って聞こえたけど気にしない。

「ていうかブン太、あたしの家知らないでしょ」

「あ?まぁ・・・」

風船ガムを膨らませるブン太。

「ね、ブン太の家ってどこ?」

「あっち」

「どっち」

「あっちのほう」

・・・ダメだ。話が進まない。

くだらない話をしていたらいつの間にかあたしの家に着いていた。

「あたしの家ここだから。送ってくれてありがとう」

「ふーん・・・覚えた」

「は?」

「いや・・・じゃーな」

あたしに手を振るとブン太は帰って行った。

「・・・ありがとう」

小さな声で呟いて家に入った。




『・・・!・・・栞!』

――あたしを呼ぶのは誰?

『――っ!』

――あれ・・・ブン太?

『――・・・栞!』

――夢の中でブン太に会えた。なんかちょっと嬉しい・・・。

まだ・・・この夢を見ていたい。

「栞!起きろ!」

「んー・・・あと10分・・・」

「ダメだ!早く起きろ」

「あと・・・1分〜」

「ダメだっての!」

「うぇ・・・あと3秒ぅ〜」

「・・・っ!3秒ももたねぇ!起きろ」

ブン太の声が聞こえる・・・。

まだ聞いていたいんだもん。

あれ・・・?

今「待たない」じゃなくて「もたない」って言った?

目をうっすら開けると、ブン太の顔がすぐ近くにあった。

「・・・んっ!?」

ブン太はあたしの唇に自分の唇を重ねた。

頭が上手く働かない。

どうなってるのか全く分からない。

微かに開いた隙間からブン太の舌が入ってくる。

「んっ・・・んん」

だんだん苦しくなってきて、ブン太を押し返す。

でも全然意味がなかったらしい。

「はぁ・・・んっ」

あたしそろそろ酸欠で死ぬ・・・。

やっと解放されたあたしはぐったりだった。

「やべっ・・・大丈夫かよい」

力が入らないあたしはブン太に体を預けた。

「し・・・死ぬ」

「わりぃ・・・だからもたないって言ったろい?」

ちらりと時計に目を向けると、時刻はまだ6時30分だった。

まだ30分は寝ていられたのに・・・。

「起こしに来たんだけどよ、お前まだ爆睡してたからさ」

「な、んで・・・キスした、の」

未だ体に力が入らないあたしはブン太に支えられている。

「好きだから」

「・・・へ?」

「好きだからに決まってんだろい?じゃねぇとキスなんかするかよ」

「じょー・・・だん、きつい」

「冗談じゃねぇよ。好きな女が可愛い寝顔で寝てたら、したくなるだろ」

「・・・はぁ?」

この甘党野郎は正気で言っているのか。

「お前、昨日の練習のとき無意識のうちに俺のこと目で追ってたろい?」

「・・・知らない」

無意識っつったじゃんって言われても。

「・・・栞」

――――愛してる。

そう言って唇を重ねたブン太。

まだ・・・夢の中にいるみたい。




「あたしの気持ちはそこまでじゃない」

ブン太の隣でぽつりと呟く。

「これからそうなればいいだろい」

ブン太のおかげで遅刻しなくて済みそうだ。

制服に着替えて学校へ向かう。

「いつになるんだろうね」

「そんな時間はかからねぇと思うぜい」

ブン太の手に自分の手を伸ばして触れる。

そして指を絡めて歩き出す。

あたしよりちょっと背の高いブン太の隣。

彼の隣で笑うあたしはまだ―――。

―――夢心地で。




Fin.

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