跡部景吾
□好きとは言えずに
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誰でもいい。誰でもいいからあたしと席を代わってください。
あたしの隣の席の男―――跡部景吾。
彼は今、どんなに鈍感な人でも感じ取れるほど強いブラックオーラを放っている。
これはまずい。非常にまずい。
あたし今日死ぬんじゃないかな。
黙々と考えていると侑士が来てくれた。
「栞・・・跡部どないしたんや?」
「あー・・・っと」
「言うてみぃ。こんな調子じゃ今日の放課後の部活に支障出てまうわ」
ですよねー。侑士ですら冷や汗出してるくらいだもんねー。
「実は・・・さ」
事の発端は今日の朝。
朝起きて携帯を見れば一通のメール。
『差出人:跡部景吾
朝8:00に迎えに行く。準備しとけ。遅れたらどうなるか分かるよな?』
という脅迫的メールが入っていた。
時々、幼馴染であるあたしを迎えに来てくれる跡部。
気持ちは嬉しいんだけども・・・。
跡部は氷帝学園で一番人気。
(本人曰く、キングだから当たり前らしい)
近くにいるあたしを良く思っていない女子がたくさんいるのだ。
そんなこと跡部には言えるはずもない。
言ったってどうせ「そんなの気にしてんじゃねーよ。俺様の言うこと聞いてりゃいいんだよ」とか言うに決まってる。
だから最近あたしは、跡部を避けていた。
今日は席替えがあって、前はあたしの斜め右前が跡部だった。
隣は侑士だったから、最近はずっと侑士と喋ってた。
5時間目が席替えで、やっとその時がきた!って思ったのは数分前のこと。
くじ引きで決まった席は、あたしは窓際でちょっと嬉しかったのに・・・なんと隣は跡部。
頼りの侑士とはすごい離れちゃった。
くじ引きなんか大嫌いだ・・・。
運のない自分も大嫌いだ・・・。
・・・・・最悪だ。
一通りを小声で侑士に話した。
「それは・・・栞、ドンマイや」
そう言って離れていこうとする侑士。
「ちょっちょっと待って!あたしを見捨てるのか!」
慌てて侑士の手を掴む。
逃がしてなるものか!
「そんなんゆうたって・・・俺にもどうしようもあらへんわ」
くいっとメガネをあげる侑士の顔は引きつっている。
・・・伊達メガネのくせに!!
「栞がどうにかしたってや・・・ほな!」
隙を見て逃げた侑士にイラッときてしまった。
あの侑士ですら無理ならあたしにはもっと無理だ!
ここに長太郎がいてくれたらどれだけ救いになるだろうか。
岳人は・・・いるとややこしくなるからいいや。
6時間目は自習だし、侑士んとこに逃げようかな。
テニス部マネージャー(跡部に強制的に入れられた)も今日はお休みしよう。
「・・・栞」
ドスの利いた跡部の声が隣から聞こえた。
「は、はい。なんでございましょうか跡部きゅん・・・」
馬鹿だあたし!噛んじゃったよ!
あぁ・・・顔かっこいいのにすっごい怖い。ジロー助けて。(切実に)
「マネージャー今日は休むとかぬかしたら許さねぇ・・・」
「は・・・はい・・・」
完全に思考を読まれてた。
恐るべし跡部景吾。
どうしようか。そうだ、謝れば済むんじゃないだろうか。こう・・・軽いノリで。
『あ、今日はごめんねぇー。迎え来てくれるって知らなかったぁー。携帯見てなくってぇー。今気づいたのぉ』
考えて・・・やめた。
言った瞬間殺される。うん、確実に。
ていうかあたしそんな話し方しないもんよ!
しかも着信15件も入ってたもんね!全部跡部から!
そういえばメールも入ってたような・・・。
ポケットから携帯を取り出して受信ボックスを見る。
開いてから・・・すぐ閉じた。
すごいくらい冷や汗が止まりません・・・日吉くん、今すぐヘルプ。(しつこいが切実に)
『ただじゃおかねぇ・・・』『覚悟はできてるだろうな?』などなど。
多分今のあたしの顔はかなり引きつってる。
跡部っち・・・怖すぎますよ。
やっぱりあたし今日死ぬのか。お嫁行く前に死ぬのか。ごめんよお母さん・・・。
6時間目終了のチャイムが鳴る。
あれからあたしは意識だけ海外旅行していたらしい。
部活行ったら長太郎とジローと宍戸くん、日吉くんに慰めてもらおうかな。
岳人は・・・ほんともういいや。
ガタッと音を立てると、跡部はスタスタと行ってしまった。
「栞・・・大丈夫か?」
「へ?あ、侑士」
すぐ近くにいたのに全く気付かなかった。
「ほな部活行こか」
「そ、ソーデスネ」
部活くらいはしっかりしなくちゃね・・・。
「長太郎ー!ジロー!会いたかったよぅ」
「どうしたんですか、栞先輩」
「栞いつもより元気ないC〜」
ぎくりとする。侑士はともかく癒しキャラたちは巻き込んじゃダメだ!
「な・・・なんでもないよー・・・ははは」
「せ、せやなぁ〜」
あたしと侑士の尋常じゃない冷や汗から察したのか、それ以上は何も言わなかった。
「さて、あたしも着替えてくるかな」
いつもは皆が着替えた後の部室で着替えるんだけど、今日はまだ跡部がいるって侑士に言われたから、トイレの個室で着替えた。
氷帝のレギュラージャージと黒のプリーツスコート、テニスシューズを履いて出る。
一応テニス経験者っていう自慢ね。(黙)
荷物くらいは部室に置いとこうかな・・・。
あたしが入ろうとすると同時に跡部が出てきた。
「ひっ・・・」
言ってすぐ口を手で塞ぐ。
まずい・・・悲鳴出しちゃった、反射的に!
ちらりと見ると跡部の顔は引きつっていた。
・・・完璧にキレてるな、女の勘だ。
「いい度胸してやがるじゃねーか、お前」
そう言い放つとあたしの腕を掴んで引き寄せてドアを閉める。
逃げ場というものがない・・・。
「なぁ・・・栞」
後ろにはドア。前には跡部。
跡部はドアに手を置いている・・・。
は、挟まれた!!
「なんでお前は俺様を避けやがる。アーン?」
怒ってる・・・なんてもんじゃない。
「あ、あとべ――「景吾だ」」
ずっと言わないようにしていた名前。
「前は景吾って呼んでたのにいつからだろうな?お前が跡部って呼び始めたのは」
「・・・」
「時々景吾って呼びそうになるのに言い直しやがる」
「・・・」
周りの子を気にし始めたのはもちろんある。
でも・・・本当はずっと景吾が好きだったんだ。
でも想いを伝えるのが怖くて・・・伝えたら景吾が崩れてしまいそうで。
嫌いって言葉で好きを隠してきた。
だから名前呼びもやめたんだ。
これ以上好きって気持ちが大きくなってしまえば、隠せなくなっちゃうから。
「栞、お前俺様に惚れてるだろ」
「け・・・跡部なんか嫌い、だし」
「じゃあなんで泣いてやがる。アーン?」
あたしの頬に触れた景吾の手は優しくて―――。
「・・・景吾が、好き、だから・・・」
「ふん・・・馬鹿が」
そう言って景吾はあたしの唇と自分の唇を重ねた。
「・・・ん」
「俺様の女になれるんだ。喜べよ?」
そしてもう一度重ねる。
「景吾・・・」
あたしの涙を指で拭って―――。
「愛してる・・・ずっと栞が好きだった」
あたしの耳元で甘く呟いた。
あたしより全然、背が高い景吾の首に腕をまわし、唇をまた重ねた。
「・・・次避けたら泣かせ・・・はしねぇが、ただじゃおかねぇ」
そう言ってあたしの両頬を指で引っ張る。
「分かったか?アーン?」
「いひゃい・・・わかりまひた」
「・・・ったく。この顔可愛いな」
その後の部活は、景吾の機嫌が直ったため、侑士たちレギュラー陣はほっと胸をなでおろしていた。
Fin.