覇道をゆく者

□重なる温度
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呂布の追っ手から逃れ、曹操と夏候惇は洞穴の奥に身を隠している。ここで夜明け前まで待機し、暗いうちに自陣へ向け馬を走らせることにする。

冷たい岩が二人の体温を奪う。先ほどまで怒涛の脱出劇を繰り広げていたため極度の緊張感に支配され、暑い寒いなど気にする暇などはなかった。

しかし、落ち着いた今、夜の洞穴内は随分と冷える。

「寒いか、惇」

曹操は夏候惇の肩を抱く。曹操との距離が狭まり互いの鼓動が響き合うのが分かる。

「だ、大丈夫だ、それほど寒くはない」

そう答えた夏候惇の頬に曹操が触れる。

「随分冷えている」

曹操に真っ直ぐ見つめられ、夏候惇は息を飲む。洞穴内には天井から柔らかな月の光が差している。蒼い月光が二人の肌をてらしている。光は弱々しく、互いに辛うじて表情を確認出来る程度だ。

曹操が不意に夏候惇の着物の前をはだけさせた。逞しい胸が晒される。

「なっ…‼も、孟徳っ⁈」

夏候惇は曹操の突然の行動に驚き、訳がわからないという顔を向ける。曹操は自分の装備を解き、夏候惇の身体を抱く。互いの肌が密着する。

「…‼な、なにやって…⁈」

夏候惇は曹操の服の裾を引き、弱々しい抵抗を試みる。曹操は気にせず夏候惇の身体を強く抱く。

「人肌が一番温まるのだ」

曹操の自己の経験に裏打ちされた言葉はやけに説得力がある。夏候惇は抵抗を止め、曹操の身体におずおずと手を回した。

「悪いな、女の柔肌でなくて」

夏候惇が照れ隠しで悪態をつく。

「お前の逞しい胸も満更でもないぞ」

曹操の言葉に夏候惇は顔を赤らめる。しばらくそのまま二人は互いの体温と鼓動を感じていた。

「惇…」

曹操に名を呼ばれ、夏候惇は曹操の肩口に埋めていた顔を上げる。目の前には曹操の顔。余りの近さに少し身を逸らそうとすると曹操の手が夏候惇の頬に触れる。そして唇が触れ合う。

「…‼孟徳…こんなことは帰ってから女たちと…」

夏候惇の苦言を曹操は再び唇で塞いだ。曹操の舌は夏候惇の唇を割り、歯列を確かめる。夏候惇は驚き、曹操を引き剥がそうとするが、曹操は更に夏候惇を引き寄せその口内を蹂躙する。

湿った音が静かな洞穴内に響く。やがて甘い吐息とともに唇が離れる。赤い舌に銀糸がまとわりつく。夏候惇は戸惑いの目を曹操に向け、やがて堪らず俯いた。

「惇…女ではお前の代わりにならぬ」

曹操の言葉に夏候惇は弾かれたように顔を上げる。

「孟徳…どういう意味かわからん」

夏候惇が本気で困った顔をしている。それが愛しくて曹操はまた年下の従兄弟に口づけた。

「お前が呂布に囚われていたのを見たとき、お前を奪われることが耐えられぬことだと悟った。」

「…」

「わからぬか、儂はお前に惚れておる」

鈍感な夏候惇に半ば呆れながら曹操は彼の身体を抱きしめる。

「孟徳…っ!」

夏候惇は何と言っていいか分からず、ただ名を読んだ。

「お前は誰にも渡さぬ」

曹操が耳元で低く呟く。

「俺は、孟徳のものだ。お前についてゆくと誓った」

夏候惇は、言葉を選びながら応える。曹操は夏候惇の首筋に舌を這わせる。夏候惇はひ、と呻き曹操に抵抗する。

「それとこれとは…‼」

慌てる夏候惇を曹操は押し倒す。小柄な曹操だが、どこにそんな力があるのか夏候惇はあっさり組み敷かれてしまう。

「孟徳…!やめ…!」

「お前が誰かに奪われる前に儂のものにする」

曹操の目に鋭い光が宿る。こんな顔になった曹操は止めることが出来ない。夏候惇はそれをよく知っていた。

曹操は夏候惇の鎖骨に、胸板に舌を這わせる。片手で夏候惇の腕を封じ、もう片手の手で胸の蕾を摘む。夏候惇の身体が小さく跳ねる。

夏候惇は自由な手で口元を抑え、必死で声を堪えている。目尻に涙を浮かべているのに気がつき曹操は愛撫の手を止めた。

「泣いているのか、惇?」

曹操は夏候惇の顔を覗き込む。夏候惇は顔を背ける。

「嫌、だったか?」

曹操が優しい声で問う。夏候惇はそれを聞いて唇を噛む。涙がすうっと零れ落ちた。

「すまん、嫌じゃない…嫌じゃないけど、分からない…」

「惇…すまん、傷つけるつもりはなかった」

曹操は夏候惇の頬を伝う涙をそっと拭う。

「俺は、こんなゴツイ男で…その声が…出てしまいそうで…恥かしくて」

曹操は夏候惇の頬に口づける。

「お前の声、聞きたいのう。だが、ちと性急だったな。許せ、惇。お前を傷つけたかった訳ではない」

曹操は夏候惇の身体を抱き起こす。そのまま二人はじっと抱き合っていた。

「孟徳…その、いつか」

「分かった」

月明かりが静かに二人を照らしていた。

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