戦勇

□シロツメクサの恋
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アルバとロスは今クレアの家に泊まっている。せっかく遊びに来たんだし、わざわざ宿屋に行くこともないだろう……というのがロスの主張だったが、宿屋代を浮かせたいという気持ちが見え見えだった。とは言え、言った言葉も嘘はまったくなかったので、クレアは喜んで二人をもてなした。
「今の仕事はどうなんだ?」
「んー?みんな親切だし色々発見があって……って、そうだ!こないだ新しく作ったやつなんだけど」
会話は主にロスとクレアのやり取りだったが、アルバも時々そこに加わって三人で仲良く夕飯をとった。
夜遅くまで語らってから風呂をあび、その後もばかみたいにはしゃいで話を続けた。そのうち眠気を抑えきれなくなったアルバが寝落ちたことで今夜はお開きとなった。
そして
夜もふけ、みんなが寝静まった頃、クレアは自分の寝床を抜け出して廊下に出た。
外から小さな虫の音が響いてくる。窓からは月と星の光がわずかにさしこんでいて、自分の家だというのになんだか異世界のようだ。
こういう時に、前まで住んでいた城下町とは違うのだと思い知らされる。
ロスに頼まれてアルバのためにつくった花火が爆発したことでクレアは職を追われた。殺されなかっただけマシだろうか。
クレアが花火職人をやめて引っ越した家はそれでもそれなりの広さがあった。ルキまで泊まると寝る場所は足りなくなるが、知り合いの多いクレアは家の中に他人が泊まることのできる部屋をつくっていたので、アルバとロスの二人くらいならばきちんと部屋を貸すこともできるのだ。
思い立った、というよりももとよりそのつもりだったような足取りでクレアはアルバの泊まる部屋へ向かった。扉を開けると小さく軋んだが、家の中で他の誰かが動く気配はない。ロスはあれでなかなか警戒心が強いのだが、今日は昔馴染みのクレアの家に泊まっているからだろうか。ロスの泊まっている部屋の方も静まり返って、よく眠っているのだろうと知れた。
クレアは部屋の中を覗きこんで起きていないことを確認すると、ふらふらと足音を消すこともなくアルバの眠るベッドへと近づいていく。
ベッドの横に立ち、彼の名を呼んだが身じろぎもしない。世間で勇者だなんだと言われているそうだが、こんなところを見ればただの少年だ。明るくて少しとぼけたところがあるだけの普通の少年じゃないか。
クレアはそう思いながらも、そのままアルバに馬乗りになって、彼を見下ろした。
そっと手をのばす。
自分よりもあたたかな体温は、触れずとも分かる。すうすうと静かに息をする彼の寝顔を見ていれば、愛しさとともに別の感情がわきあがる。
首に手をかけると、少し眉が寄ったがそれだけで起きる様子はない。クレアはそれを確認して、は、と息を吐いた。
そうして衝動のまま首をしめようとして――――ギリ、と歯をくいしばった。
「だめだ……だめだ」
この子はシーたんのものだ。彼の相棒だ。俺が手を出していい子じゃない。
俺が殺していい子じゃない。
「……っ」
手を引いた。手のひらを見ると、じわりと汗がにじんでいて、気分が悪い。
何もしていない、できていないのに何故か息があがっていた。ぜいぜいと荒い息を押さえつけようと胸元の服をぎゅう、と握りしめた。
「ごめん……ごめんね、アルバくん。……好きだよ、大好き。でも……」
憎い。
アルバはクレアが職をなくすことになった原因の少年だ。
いや、本当はアルバが悪いわけではないことは知っている。むしろ事情を聞けば、ロスの方が元凶に近い。けれど、それは分かっていてもアルバを憎いと思う気持ちは消えてなくならないのだ。
初めに「アルバのため」だとロスが言った言葉のままクレアの気持ちがつくられてしまったのだから仕方がない。
会って、なにも知らされずに話をしてアルバのことを好きになった。
クレアは確かにそのままのアルバを好きになった。
首から手を離すと、両腕は力なくだらんと下がった。
「……」
アルバは相変わらず穏やかな顔をして眠っている。
その顔に月と星の光がわずかにさしこんで、とても綺麗でかわいらしく見える。愛おしいと思う。それなのに。
大好きだよ。
そう言った言葉は嘘じゃないのに嘘のようだった。


昼に二人で話したこと。
ああ、この子があの花の意味を知らなくて、よかった。
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