K(アニメ)二次本文

□5月の休日
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ぱたん、と本を閉じる音で我にかえった。
音のした方へ視線を向けると、どこか満足そうな顔をした恋人がいた。彼女の手の中にあるのは昨夜秋山が貸した文庫本で中身はわりと壮大なファンタジーだったか。
表情を見るに、それは彼女にとっても当たり、だったらしい。自分も初めて読み終わった時には疲労感やわずかな虚脱感とともに充実した気分だった覚えがある。自分が好きなものが、自分の好きな人も好きだというのはなかなか嬉しい。
はあ、とため息をついた伏見を見て、秋山は自分の広げていた雑誌を閉じた。伏見さん、と呼んで、にこりと笑った。
「どうでした?」
「…………すげえよかったです」
問いかけに、伏見は少し言葉をためてから答えた。本当に気に入ったらしい。
それを分かって、秋山はよかった、と心の底から思ったことをそのまま呟いた。
そろそろ昼になるだろう。差しこむ光とそれでできる影の形から太陽はもうだいぶ高くのぼっていることが分かった。
そよそよと外の木々を、カーテンを、自分たちの髪を揺らす風が窓から流れこむ。外ではきらめく光が世界を鮮やかに照らし出している。
けれど、今日は二人でゆっくりすごすのだと決めていた。
伏見さんを抱きしめるとくすぐったそうに、なんですか、と声があがった。それに答えずにぎゅうっと抱きついたままでいれば、彼女は仕方ないと言わんばかりに息を落とした。
「今日はあまえたさんなんです?」
くすくすと笑みを含んだ言葉はいつも自分が彼女にかけるもので思わず赤面した。言うのはいいが、言われるのは恥ずかしい。
「お昼はなにがいいですか?」
尋ねると、伏見はううん、とわずかに迷ったがすぐに決まったらしい。うん、と小さく頷くと少し甘える響きを含んだ声で答えた。
「秋山さん特製のホットケーキがいいです」
甘さひかえめのやつ。
そう指定されて、秋山はくすりと笑った。伏見は好みからして可愛い。彼女の好き嫌いはあいかわらず激しいが、今日くらい全部合わせてしまってもいいかもしれない。
「喜んで」
そう言って秋山は、名残惜しいが伏見を放す。その時にくん、と服の裾がひっぱられた。どうしたのかと思って伏見を見ると、彼女は笑って秋山を見上げていた。
「ああ、でも」
「?」
にや、と笑った彼女の目はいたずらっ子のような、どこか挑戦的なような目をしていた。
「もうしばらくこうしていたいんで。……もうちょっと後にしません?」
今は離れるな、と言ってきた恋人。
ずっとこのままでいたい。秋山もそう思っていたけれど、その気持ちが二人同じであったことが無性に嬉しい。
「はい」
気持ちがダダ漏れだ、なんてことは気にせずに秋山は満面の笑みで応えた。
伏見から腕をのばしてくるのをまた自分から抱きしめにいく。背中に回された手は小さく、けれどあたたかな体温がその存在を主張している。
二人は心底幸せそうに笑いあって、抱き合ったまま床へ倒れ込む。床にあたる頬や腕がその冷たさを心地よく感じて、二人はしばらくこうしていよう、と決めた。
食事も大事だが、好きな人とすごすことでもらえるエネルギーだって大事なはずだから。

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