K(アニメ)二次本文

□そんな日に
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 セプター4、それも特務隊の人間に長期休暇は実質的に存在しない。しかしもちろん非番は存在するし、誰かと重なることもある。
 そうして、恋人と重ねたとある非番。伏見と弁財は、弁財の実家にいた。前日は二人とも早番だったからとその日のうちに椿門を出て電車を乗り継ぎタクシーで移動。
 私服であればまだ学生にしか見えない伏見と、落ち着いているためか年齢よりも上に見られる弁財。伏見が女ならともかくも、なにかちぐはぐな組み合わせにも弁財の家族は笑って歓迎し、その関係には何も触れなかった。
「蚊取り線香、つけていいですか」
 朝。朝食を弁財の家族ととった後、伏見は弁財の自室に戻ってきていた。夏だがまだ太陽はあまり高くないのもあって、涼しさも感じる。
 そんな中、少しばかり申し訳なさそうに尋ねる弁財に目を向けると、手には蚊取り線香を台に刺したものを乗せた皿を持っていて、もうつける気しかないでしょう、と伏見は呆れたように呟いた。
 純日本家屋である弁財家にはクーラーという文明の利器はない。しかし風が通るから基本的にクーラーが必要ない。それは昨夜に体感している。ただし、風通しはいいので蚊はけっこういて、そのためにこの時代には珍しくも蚊帳の中で寝ることになった。今は蚊帳の中でずっといる、というわけにもいかないから、ということでの蚊取り線香だろう。原始的にも思えるが、効果は確かだ。
「いいですよ、別に嫌いじゃないですし」
 実際、煙たいことは煙たいが、煙草とは違って咳き込むほどのものではないし、まず、タイプがまったく異なる。濃度の問題もあるのだろうが。
 そう、了承の意を伝えれば、ありがとうございます、という言葉と蚊取り線香特有の煙がほぼ同時に伏見に届いた。
 皿を畳に置く弁財はその左手に薄っぺらなマッチ箱を握っていた。黒と白と臙脂が美しいパッケージのそれには喫茶、という文字が辛うじて見えてなんだかこの空間は現代ではないようだ、と伏見はぼんやりと考えた。
 伏見は弁財の浴衣を貸してもらってそれを着ている。弁財も自分の着物を着ていて、それがひどく似合っている。
 いつもの姿と違うくせにいやにしっくりきて、伏見はそのことに何も言えないで目をそらした。自分たちの持っている世界が少し違う方へ行きそうな気もして。
 その後、せっかくだから、と伏見はふすまと障子を開けてもらった。木張りの廊下の向こうにきららかな光を浴びた草木が鮮やかな庭は、思った通り作り手の趣味の良さが分かるものだった。昨夜ここに着いた時は既に日が落ちていたから目の悪い伏見にはよく見えなかったが、それが悔しい。
「昼ご飯は何が食べたいですか」
「ここで食べるんすか?」
「ええ」
 弁財が平然と頷くのに、伏見はじとりとした目を向けた。伏見は勤務中はけっこう態度が大きいと自分で思っているが、オフではそうでもないのだ。
 少なくとも初めてで、なんの連絡もなしに訪れ泊めてもらった上に食事に注文をかけようとまでは思わない。おそらく、調理するのは弁財ではなくその家族だろう。昨夜も弁財の母だろう、おいしそうな、そして実際偏食な伏見でもおいしいと思える食事だった。今朝もそう。だからなおさら注文をつけられない。
「じゃあ、そうめんでいいですか」
「……」
 そんな伏見の内心を察したのか、弁財は苦笑して無難なものを提案する。それに無言で頷けば、決まりですね、と返ってきた。
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