K(アニメ)二次本文

□雪の日
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「去年もこんなことあったけどさー」
「伏見さんって、雪降ると機嫌悪いよな」
やっとの思いで休憩時間になり特務隊のほとんどは執務室を逃げ出し、談話室に駆け込んだ。そこそこ広く、いくつかの丸テーブルとそれに4つずつついた椅子の他に飲み物と軽食の自販機もある。そこは空調はもちろん整っているはずなのだが、大きなガラスで外に面した壁のほとんどが換えられているせいか他の場所に比べると若干肌寒い。
各々あたたかい飲み物を買って椅子に座った。
秋山は弁財の分と合わせて、ブラックの缶コーヒーのボタンを押した。弁財とは同室な分、互いの好みを他のメンバーたちよりは知っている。彼が好きな銘柄は互いに買い物を頼むことも多いためいつの間にか熟知していた。迷うことは一切ない。ガコガコン、と盛大な音を立てて取り出し口まで転がり落ちてくるそれに、なんだか今日の伏見さんみたいだなあ、なんてバカなことをぼんやり考えた。
弁財に聞きもせずにさっさと買って、はい、と手渡した伏見に、日高がそういうの、分かってるんですね、と言われて苦笑した。
それから、先ほど日高たちが言ったことに言葉を返す。
「伏見さんは寒いの嫌いらしいから」
秋山が苦笑交じりに言えば、日高たちはああ確かに、と頷いた。
「巡回も不機嫌だもんな。……なのにマフラーとかそーゆーの、全然つけないし」
「つければいいのにね」
さすがに手袋はいざという時にサーベルを扱えなくては意味がないのでしないとしても、マフラーくらいはしていてもよさそうだというのに。
「なんか嫌な思い出でもあるのかな」
伏見にとって、どんな時でも気分を引きずられるほどの思い出と言われれば、秋山は彼が執着する少年しか思い浮かばない。そして、この場合、おそらくあっているのだろうと秋山は知っていた。
前に、秋山が聞いたことがあるのだ。雪は嫌いですか、と。
しかし伏見は寒いのは嫌いだけど、雪自体は別にどうだっていい、とどうでもよさそうに吐き捨てながら、それでも目の奥には乾きが確かに存在していたのを見たのだ。
伏見にそんな目をさせられるのはあの少年しかいない、と秋山は知っていた。そして、いくら恋人だとしても、自分では無理だとも。そんな目をさせたいわけではないが、自分では彼の心を大きく動かせないというのはやはり堪える。
「……」
さすがに同室であることもあって、秋山と伏見の関係を知っている弁財は、他のメンバーに気がつかれないように視線を送ってきたが、秋山は大丈夫、と同じように視線で伝えた。弁財はこういうところに気がつくタイプだかららこそ、秋山は伏見を自分の部屋に連れてくることができるし、逆に伏見の部屋に行くこともできる。
ありがたいことだ。しかし、今は残念なことに、他のメンバーがいたのであまり意味はなかった。秋山のことに気づかないメンバーはそのまま話を進めてしまっている。ここで変に話を遮ったり逸らしたりすれば逆におかしく思われるだけだ。そう判断して、秋山も弁財も、適当に相槌をうったり、いつも通りたしなめたりする程度にとどめていた。
秋山も気にしないように努めていたが、やはり気になるものは気になってしまう。そろそろ頃合いか、と弁財は自分のタンマツを見て、時間を確認すると、タイミングよく就業時間が迫ってきていた。
「……もうそろそろ時間だぞ」
弁財の言った言葉に全員が時計をチェックして、慌てて席を立った。
「うわ、ほんとだ!やっべ」
「早く帰ろうぜ、今の伏見さんに怒鳴られるのとかマジ勘弁」
ばたばたと休憩室を出ていく同僚に合わせて秋山も急ぐ。けれど、足が鈍った。
「……秋山」
「ああ、すぐ行く」
弁財が声をかけてくるのに、行きを吐き出して頭を切り替えるようにする。思い出したくないことを思い出させてくれたな、と日高に頭の中で文句を言って、手の中の缶を握る力を強くした。彼の中での自分の位置なんて知らないし、分かるはずもない。
けれど
「……」
手に持った缶がもう冷え切っているのを承知で、秋山はコーヒーをあおった。
あたたかい状態で飲まれることを想定して作られたものだから当然、冷えているものを飲めばおいしくはない。案の定、苦みとすっぱさが無駄に引き立つそれはひどくまずかった。
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