K(アニメ)二次本文

□フルカウント
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 なんというか、自分も甘くなったものだと思う。
いや、丸くなったと言うべきか。

 視界のすみにて湯気を吹き出し始めたヤカンを前にして、なにやら楽しそうな後ろ姿を盗み見てかすかに息をついた。
何が楽しいのか知らないが、小さな鼻歌まで耳に届いてくる。
いつもは低めの、非常に落ち着いた声を出す男も鼻歌ではそれなりに高い音になるらしい。
既に発見済みのことに再び意識がいくのを自分で呆れながら手に持った本に視線を落とした。

 ああ、落ち着かない。
今の状態を自然なものと認識する頭も、今の空気にいつの間にか安心安堵といった気分になっている心にも。

 手元の本は鼻歌を垂れ流す男から借りたもので、文庫本なのに分厚いおかげでそれなりに重い。
ただ、俺はインドア派でもあって本を読むのはわりと好きなので、これ読んでみてください、と押しつけられたそれを素直に受け取った。
・・・珍しくも。

 俺は正直手に負えないレベルの偏屈であると自覚している。
それは中学時代つるんでいたヤツや、ソイツに連れられて入った組織の幹部にも言われた。
いや、それ以前から、何度も俺をそう評する声は聞こえていたから、知っている。

 数年前に移ってきた今の組織は規律と秩序を重んじるらしいので、初めは俺のようなヤツは受け入れられないだろうとも思っていた。
実際、しばらくは室長のお気に入りだなんだとあることないこと、周りは噂していた。
けれど、今では年下上司というそれだけでもなんとも扱いづらそうな俺すらかまい倒す年上部下ばかりの職場。

 そのうちの一人、秋山はだいたいのことはソツなくこなし、失態も少なく物腰も穏やかで騒がしくない。
創作の中でしかお目にかかれないようなそんな、なんとも楽な部下とよく話すようになるのは当たり前とも言える。
おかげで、今では仕事以外でもこうして一緒にいるようになった。
美咲以外で、パーソナルスペースがだだっ広い俺の、自室に入れることができる人間が現れるとは思っていなかったのに。

 秋山は秋山で、誰に対しても平等な付き合いをする、言ってしまえば誰とも深く関わりたがらない性格のくせに妙にかまう。
物腰が丁寧だからと騙されてはいけないんですよ、と同室の弁財が言っていたように、深入りしない姿勢は俺にとっては良いもので、他の、それこそ秋山に好意を寄せる女には最悪な、そんな性質は覆されたらしかった。
それは俺でなく、周りに群がってきていた女や、よくつきあっている同僚たちにでも振る舞ってやればいいものを。

 そして、それくらい互いにとって珍しいほど親しくなってしばらく。
何をトチ狂ったのかつい一ヶ月前に「好きです。伏見さん」とのたまうまでになってしまった。
もちろん即座に断ったものの、だからといって距離が変わるでもない。
自分に恋愛的な意味で好きだとのたまった男を前と変わらずに自室に上げるだなんて自分も相当頭のネジがゆるくなっている。
そんなつもりはなかったが、爪を研ぐついでに、ネジまで秋山に引っこ抜かれたのかもしれない。
笑えないことに、これでもこの外見のおかげで色々と身の危険を感じることはあったというのに、何故かこの男に対してはろくに警戒心が働かないらしい。

 ・・・・・・いや、甘い。甘くなった、で正解だ。
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