フェイク×前鬼

□当店は神様だって追い出します
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前鬼side



前「ん〜……」


匡・八「………。」



屋敷で唸る俺を



匡「何だ?あれ……」

伯「さぁ……」



ご当主らが見つめとるのは、わかってんねん。でも、頭から離れんのや。


なんなんやろなぁ?
ご当主に言われて潜入しとる職場で出会った、名無しさん。



口癖なんやろか?
掴んだ手もあない震えて冷たくなっとったんに……


『大丈夫……』


イラつく程、繰返しとった。意地はっとるのかとも思ったが、な……


"まぁ、名無しさんさんだしね"


……なんやそれ。
どういう意味や?名無しさんやから、なんなん?それに



"当たり前じゃないですかぁ!!"



あれかて……何でんな事…
ホンマにそう思っとるんやろか?



前「意味わからん。」


豊「なんだ?さっきから一人でブツブツ。」


前「いや……」



あんなん、どう見たって強がっとるだけやのに……なんで周りは気づいてやれんのや?名無しさんも、なんであそこまで無理するん?
"大体大丈夫"ってなんや?




相「で、名無しさんと言う人間の様子はどうなんです?」


前「どうって……」


伯「何か、分かったんですか?」


前「せやなぁ……」



分かった事、は……



前「全然分かっとらんて事やな。」


匡・八「は……?」



名無しさんは、照れ屋なんやない。ただ、怯えとるだけや。何にそんな怯えとるのかは分からんが……近づいとるようで、隔たりを感じんねん。



"私は『大丈夫』だから放っといて"



名無しさんが繰り返す大丈夫には、そんな意味が込められとるんやないかって……



匡「……他にないのか?」


前「他……」




"それ何の薬なん?"
あの日、公園で名無しさんが手にしとったケース……



前「あ……」


匡「なんだ?」

伯「何かあったんですか?」



"……風邪薬?"
風邪薬やない事はなんとなく、わかってん。けど……






前「いや……何でもないわ。」


匡・八「……。」



……無理に探る事も出来るんやろうけど。それじゃ、誰の為にもならん気がしたんや。

すまんな、ご当主。







"清掃よろしく!!"



工具箱担いで走り回っとる名無しさんの姿は……凛々しく前を向き、走って揺れる髪から香る匂いに見とれてまう。


公園で爆笑しとった姿も……
もっと自信もったらええのに。



前「って。なに考えとるんやろ。」


匡・八「は?」



……なぁんか、危なっかしくて目ぇ離せんのや。


なぁ、名無しさん。
何にそんな怯えとるん?もっと自分と向き合うてやったらえぇやん。
周りの痛みに敏感なのは、過去が原因か?お前はやっぱし何かに気づいとるん?



前「ん〜……」

相「……前鬼。」


前「は?なんや。」



屋敷でブツブツ呟く俺に、相模の冷ややかな視線。



相「取り合えず、ちゃんと任務に向き合いなさい。」


匡「サル、お前こないだから言ってる事わけわっかんねぇぞ!!」


前「……。」



サル、やないけどな……向き合う、か。やっぱし名無しさんにはそれが足りんのか?自分に……周りに



豊「もしかして……前鬼くん。」


前「……なんや。ニヤニヤすな。」


豊「ターゲットに恋でもしちゃった、か?」


前「は……………」




名無しさんに、恋……?




前「俺が、か?」



また妙な事言い出しよって……




前「何言うとるん?アホらし……」



ただ、目が離せんだけや。



ーーーーー
名無しさんside



何だか気づいたらすっかりお店に馴染んでいる……



前「………。」



彼、前鬼さん。お店の開店準備のためにカウンター開店作業を進める私の隣に立って



前「………。」


『……なに?』



さっきから、じっと私を見下ろしてる……やりずらいんですけど。



前「いゃ……豊前が、な。」


『は……?』



豊前……て、だれ?



前「いゃ、なんでもないねん。」


『ぇと……わかった。仕事して?』

前「おぅ……清掃、してくるわ……」



よくわからないけど。
開店までの時間は貴重だもの。楽しくお話する時間も惜しい……
仕事は溢れるほどあるんだもの。



『よしっ!!』



もう一度、手元を確認してから胸のインカムマイクのスイッチを入れる。



『名無しさんです。川さん、カウンター開店作業終わりました!!』


川「了解しましたっ!!」



私の報告に応えてくれた川さんのインカムの後に



店「流石ですね〜箕輪も了解しましたぁ!!」



……店長のインカム。



『………。』



思わず動きを止めた。これは、なんだか認めてもらえたみたいで嬉しい……
誉められちゃった。



前「うっれしそやなぁ〜…」


『……っ!?』



再び、真横に登場前鬼さん。意地悪なニヤッとした笑みを浮かべて……



前「こらえとったつもりでも、顔ニヤケてたで?」


『っ!!そんな事……』



うっわ……見られてたんだ。恥ずかし。
そんなに嬉しそうだったかしら?



前「素直やないなぁ。よかったやん。ホンマに速いんやな!!」



ぽん、と頭を撫でた手に
つい……



『ふふっ……』


前「……っ!?」



戦場だって事も忘れ、込み上げた温かい気持ちに微笑んでしまう。



川「名無しさんさんインカムとれますか?」



それを戦場へ引き戻す、無線機からのお呼びだし……
いかんいかん。仕事、仕事!!はっとしてインカムに応える。



『どーぞ!!』



川「前鬼さんとマシンデータ取って貰えますか?」



お。マシンデータか……
前日にどれだけその機械で遊んだお客様がいたのか、正常に動いていたか…とか。ぶっちゃけお店が儲かったのか、お客様が勝ったのか……とか数字になって現れる。



『了解しました!!』



そのデータを毎日取っているんだけど……任されるなんて、前鬼さんも昇進したわねぇ。



『よし、じゃぁ行きましょうか!!……って。あれ?』


前「……っ!!」



横に立ってる前鬼さんを見ると、端整な顔は真っ赤……




『……ど、どうしたの?』


前「いゃっ……なんでもないねん!!」



口元を片手で覆って顔をそらした前鬼さん……風邪、かな?
体調でも悪かったのかしら。さっきまでそんな感じには見えなかったけれど……




『……風邪薬、いる?』


前「んゃっ!!………大丈夫や!!」


『そ、う?……なら、行こうか。』


前「おぅっ!!」



こないだの不審者の一件から、なんとなく前鬼さんを近くに感じる気がする。
彼の手も、やっぱり怖くないの……


でも、きっとそこまで。
いつだって過去が気になって踏み出せない……





ガッシャーン!!!!


BGMの流れてないフロアに響く、何かを激しくぶちまけた音……



前・名無しさん「……っ!!?」

川「………。」



その場にいた全員が振り向いた先には



り「ごめんなさぁい!!」



……りかさん。
回収したメダルを箱をひっくり返して何万枚というメタルを床にぶちまけてる



『りかさん……』


前「大丈夫か?」



開店前の慌ただしい空気に、より余裕がなくなった瞬間……



り「大丈夫じゃないよぉ!!でも、ごめんなさい!!すぐ拾う……」


前「俺も手伝うわ……」

『私も………』



じゃなきゃ、開店出来ないし……
メダルフロアではメダルはお金だもの。ぶちまけたお金をお客様が拾って遊んだらお店の利益皆無……

時間もないけど、やるしかない。



川「大丈夫?怪我してない?」


り「うん〜……」


『………。』



それでも、"大丈夫じゃないよぉ"なんて言えちゃう彼女は女の子として可愛いし、周りからみても守りたくなるような存在で……


"名無しさんさんなら大丈夫"
私とは、えらい違い……


私のキャラじゃ、仕方ないかぁ……



り「本当に、ごめんねぇ!!」


前「今さら、しゃぁないやん!!」

『大丈夫だから!!絆創膏もらってきな?』



りかさんの膝には血が滲んでる……
メダルぶちまけた時に転んだのかな?



り「うん……ありがとぉーっ!!」



パタパタと走ってくりかさん。
うん、可愛い……私にはなれない女の子……



『川さんも、開店前のチェックに戻って大丈夫ですよ?時間ないし……』


川「助かります!!」



やっぱり、それぞれにみあった役割ってゆーのはあるのよね……



『ここ、前鬼さんにお願いしてもいい?』

前「かまへんけど……」


『私、新しいメダル持ってくるから……』



メダルは洗って使うから、一度溢して汚れてしまったメダルは使えない……
使ってエラーが続発したら、後々苦しむのは私たちだもの。



『んじゃ、いってきます!!』


前「あっ、ちょぉ……!!」


『すぐ戻るから!!』



何か言いかけた前鬼さんの言葉を遮ってメダルが置かれてる倉庫にダッシュ……
時間がね、ないんです……





メダル保管倉庫で一人、苦しむ……



『重たっ……』



メダルを入れてる箱は一つが15キロで……なかなかな重さ。箱がギシギシと手に食い込む……



『痛い……』



でも、時間もないし……
頑張って二つ箱を重ねて、二倍の重さになったそれを両手でしっかり持つ。
これでぶちまけたらシャレになんないもん……


ヨロヨロふらつきながら何とか歩いていると、タンタンタン……とフロアを走る足音。



川「大丈夫?頑張って!!」



川さんが急がしそうに私をすり抜けてく。



『大丈夫です……』



頑張ってる最中です……
もっと力があればなぁ。なんて考えてるとタンタンタン…また、後ろから足音。

時間がない朝だから、みんな走ってなんとか開店を間に合わせようと必死……




前「大丈夫そには見えへんで?」


『ぇ……?前鬼さ……』



走ってきた前鬼さんは、抱えたメダルケースを私の両手からヒョイッと拐った……
呆れ顔で私を見下ろして



前「ふらっふらやないか。ったく……」


『メダルは……』


前「もう拾い終わったわ。」



そう言って私が必死に運んだ倍の距離を軽々メダルを運んでくれる……
そういえば
前鬼さんは最初から私の事、女子として扱ってくれてたっけ……


本当、珍しい人だなぁ……
それでもきっと慣れれば私のイメージってゆーのは彼の中にも出来上がっていくんだろうなぁ……




メダルを運び終わった前鬼さんは



前「ホレ。」


『え……?』



一枚の絆創膏を私に差し出した。



前「名無しさんも指先、切っとるやろ?」



『ぁ……』



前鬼さんに言われて見てみれば、左の人差し指に赤い線……全然、気づかなかった。



『いつ切ったんだろ……』


前「カウンターの作業の時カードで切ってたで?」


『そっか……』



気づかなかったな……これくらいの傷なんてしょっちゅうだし、気にしなくてもいいのに……



『ありがとう……』



そんな扱いされることに戸惑っちゃって……



前「周りもえぇけど、自分の事も気にしたり?」


『……はぁい。』



彼の言葉に更に戸惑う。


だって
私より、私の事を気にしてるみたいじゃない……


でもね?前鬼さんは間違えてるよ。
"自分の事も気にしたり?"


……気にしてるからこそ
本当の自分を出せずに偽り続けてるの。
偽り続けて


続けて


それでもまだ、続けて……



自分すら騙してるの。


"私は強いから大丈夫なんだ"って偽って、そうなれない自分を認められないの……


.
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