infringe×前鬼

□夜叉×私
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前鬼side



走ってでてった姿を追ってみれば



前「千代?」



自分の部屋に一人きり


小さな背中を丸め


掌を握り……



『前鬼さん……』



振り返った千代は



『だから、ノックくらいしなさいよ……』



強気な姿勢


眉を寄せて俺を見た。



前「大丈夫なん?」


『何が?大丈夫よ……』



こいつは


まぁた、我慢を重ねるんやな……



前「千代はホンマにアホやな。」


『は?』



大丈夫なフリして強がって


その仕草が可笑しくて笑うてまうわ



前「我慢なんかしたってえぇ事ないで?」


『我慢なんて、してないわよ……』



忍耐も諦めも生きる上で無くて困ったりせぇへん。



あって困る事の方が多いくらいや



前「……ホレ。」



千代に手を差し出すと



『……何よ?』



千代は眉間にシワを寄せた。



その手錠も古傷も



少し忘れたらどうや?


ーーーーー
千代side



貴方はなんでこのタイミングで来るの……?



『我慢なんてしてないわよ……』



分かってたのよ。


最初から全部。


だから今更……



『………っ。』






辛いに



決まってるじゃない……



素直になれないから、気持ちの一つも伝えられない。


伝える必要もないのよ


匡さんは美沙緒ちゃんのために戦ったんだもの


最初から、望みなんて無かったって分かってた……


そんな荷物背負ってても重たいだけなのよ。



前「ホレ。」



前鬼さんは私に手を差し出した



『……何よ?』


前「ん。貸したるわ。」



貸したるって……


随分、上からじゃない。



でも……



『……ありが、と。』



少し


少しだけ


甘えてもいい?



夜叉じゃなく私として……



彼の手にゆっくり手を伸ばすと




グンッ

『わっ……!?』



手を引かれ



ポスッ…

『っぷ。』




前鬼さんの胸に寄せられた。



『なっ……!?』


動揺するのは


この際仕方ないと思う。



彼は私の背中を軽く叩きながら


子供をあやすかのように優しい声を響かせる



前「これなら顔見えへんやろ?」


『………。』


前「少しくらい気ぃ抜かんと、身が持たんで?」


『……っ。』



"今更"と



押し殺したはずの感情。




鈍感と不感は別物。



感じてないフリを繰り返したって



この鈍い痛みは



知らず知らず、積み上げられて



いつしか



自分を愛せない自分をつくった……




『……ふっ…ぅ…』



気持ちを伝えられなかったのは


現実を見て諦めたからじゃない。



私に


踏み出す勇気が無かっただけなのよ……



『っく……ヒック…』



悔しいけど


前鬼さんの暖かさに委ねて



鈍い悲しみは吐き出してしまおう。



ーーーーー
千代side



300年前の無比力夜叉はその強い力をふるって


遣い魔を喰い


虐殺を繰り返し



やがて



神の怒りをかって滅びたと聞く……



その時、最も喰われた妖が天狗。




夜叉として最も力のある象徴の無比力夜叉。



名誉な称号であって


妖から最も嫌われる。



お祖父様も分かってて孫をわざわざ無比力に選ぶんだから、気がしれない。




『……ぁ。』



目を開けると仕舞ったはずの布団に一人。



身体には遣い魔くんの羽織袴が掛けられていた。



『……やっちゃった。』



泣きつかれて眠ってしまうなんて……



立派な大人とは言えないけど



"少しくらい気ぃ抜かんと"



うん


心は少し、軽くなった気がする。





天狗を喰うなんて想像はつかないけど



過去を繰り返すように



私は前鬼さんを喰うのだろうか?




『出来ないよ……』



私には前鬼さんを罰する権利なんてない。



私だって、いつ暴走するかわかんないもの……




欲に肥大化した妖力に飲み込まれて生き物を喰らう。



それが当たり前な、鬼。



その鬼を受け入れる天狗当主に八大



あと



『美沙緒ちゃん……』



彼らは本当に変わってるよ。



でもお陰様で、世界の広さを知ったなぁ……



嫌いなものと好きなもの



それに囲まれて世界は彩られてる。





『いずれ散る命だってゆーのに……』






少しでも素敵な明日を、と都合よく色を加え



本当に欲しい色が何だったかなんて




忘れちゃってるんじゃないの?



『うん、大丈夫……』



自分に言い聞かせる。



"夜叉として"



思考は正常。



『お仕事にいきますか、ね。』




憎まれ役って仕事がまだまだ控えてる。



前鬼さんの羽織袴を丁寧に畳んで




部屋を出た……




美しくもない窮屈な世界が




いつも私を待ってる。


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