フェイク×前鬼

□心臓が潰れる音
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名無しさんside



戦場で、求められる声なんてわかってる。




店「何やってんの!!」


『すいません……』



事務所に寄ると、ご立腹の店長。



店「連絡もしないで……」


『すいません……』

前「んな事言うても、体調悪くなってもうたんや……しゃあないやん。」



前鬼さんは変わらず庇ってくれようとするけど……今回ばかりは、店長の言う事が正しいよね



店「前鬼さんだけでも研修行けたでしょう?」

前「名無しさんほっとく訳にはいかんやろ?」


店「大丈夫だよ、名無しさんさんなら。」

『………。』



別に今さら、その声に戸惑う事はない。



前「大丈夫て……あんた」

『前鬼さん、大丈夫。』

前「……名無しさん。」



私のせいで前鬼さんが怒られる必要はないもの。頭を下げておけば……うまく収まるんだろぅ



店「名無しさんさんも……しっかりしてよ。期待してお願いしたんだからさ」


『はい……』



貴方のイメージの私を壊してごめんなさい。



『すいませんでした。』



貴方の評価を落としてしまって。



店「本当に思ってる?気を付けてよ?」

『はい……。』



本当に、そう思ってますよ。
私はいつから貴方の便利な道具になったんだろう?



店「代わりに舞さんに向かって貰ったから。残りの時間、二人ともフロアでれる?」


前「ちょお待ちぃや。名無しさんは具合悪いて言うとるやん。」

『前鬼さん、大丈夫だよ。あと数時間しかないし。』



今は、それ以外の答えは用意されてないもの。



『着替えてきます。』

店「……よろしく。」



舞にも……お礼言わなきゃ。

自分以外が生きる戦場で
休息なんてとれやしない



前「名無しさん……ホンマに大丈夫なん?」

『大丈夫だよ。』



そもそも、指揮官様は
心配の声なんて一言もかけちゃくれなかったもの。


休みなしに働いてもこの世界じゃ
痛みしか得られない……





ーーーーー
名無しさんside




着替えてフロアにでると



『ぁ……。』

前「おぅ、おつかれ!!」



柳「……お疲れ様、です。」



柳くんに顔を合わせた。

前鬼さんは、なんともないって顔をしてくれたけれど……やっぱり柳くんにはそれは無理そうで



柳「名無しさんさん……あの……」



気まづそうな空気をだす柳くんに



『休憩?お疲れ様……』


柳「あっ……。」

前「………。」



笑顔の仮面をつけて


柳くんの横を通り過ぎた……



『………。』



だって……
どんな顔したらいいか分からないし
かといって、柳くんの気持ちに応えることは出来ないし……



前「なぁ。俺が言う事やないかもしれんが……」

『………。』



後を追いかけてきた前鬼さんが何を言いたいのかは、何となくわかるよ?



『ちゃんと謝って返事しなきゃね……』

前「まぁ、なぁ……」



ただ、心の準備がいるというか……
そんな余裕は今はないっていうか。

前鬼さんに話せるのに、他の人に話せないなんて可笑しいよね?



『りかさん、カウンター代わります。』


り「大丈夫〜?体調悪いんでしょう?」

『大丈夫……休憩いっといで?』



りかさんとカウンターを引き継いで
ふと、気づく



前「名無しさん〜」

『………。』



もぅ皆、私と柳くんの事は知ってるのかな?……って。
舞も昨日居合わせたし……休憩室、柳くんいるし。りかさん、そういう話好きそうだからなぁ……


それは……なんか気まづい。
私の中の嫌だなって気持ちがじわっと膨らむ。



前「名無しさんっ!!」

『わぁっ!!?』



突然の大声にびっくり。



『ぜ、前鬼さん……!?驚くじゃない。』

前「ずっと呼んどっても気づかんからやろ?」



あ……呼ばれてたんだ?

よく見ると、カウンター越しに前鬼さんの隣に30代くらいの女性のお客さま



『失礼致しましたっいらっしゃいませ!!』



慌てて頭を下げる。
これ以上ミスして店長に怒られるのは避けたい……



前「なんか、このお客さん名無しさんに会いたい言うてたから連れてきてん。」


『え……?』



前鬼さんの言葉にもう一度、お客様を視界に入れる。

……お知り合い、だったかな?
思いだそうとしても、思い当たらない。



『えっと……失礼ですが…』


「初めまして。」



小さく会釈するお客様に、心の中でホッとする。よかった。知り合いなのに思い出せないのは失礼だものね……



「山崎の孫の佳代といいます。」


前・名無しさん「ぇ………。」



お客様の言葉に
前鬼さんと二人で顔を見合わせる。



『山崎、様って……』

前「あの、ばぁさんのか!!?」


「えぇ。いつも良くして頂いて……」



いらしたのは、山崎のおばぁちゃんのお孫さんだという。それを聞いて、なんだか急に親近感……



『とんでもございません!!此方こそお世話になって……』

前「今日はばぁさんどうしたん?」



困ったように微笑んだお孫さん




「昨日の晩、他界しました。」





『ぇ………』



その言葉が




恐いくらい




コトン、と胸の奥の方に落ちた




前「……他界、て。亡くなったんか?」



前鬼さんも、信じられない様子



「えぇ……おばぁちゃん、いつも楽しそうに貴方の事話してたんです。」


『………。』



山崎のおばぁちゃんが……他界?
え?本当に……?



「今日はそのお礼に。ありがとうございました。」


『……ぃぇ。』



深く頭を下げたお孫さんに、そう返すのがやっとで……



前「……名無しさん?」

『ぁ………』



その女性がいつ帰ったかも覚えてない。



ぎゅぅぅっと心臓が絞られるような痛み。
なんだか凄く苦しい……



前「名無しさん……真っ青やで?」

『うん、大丈……』







"皆消えちゃえばいいのに"






……なんて、言ったから?



血の気が引いていく感覚。


ギシギシと心が軋む



り「休憩上がりました〜」



血の気が引いていく感覚。
心が冷えていく……



前「ぉぃっ!!……名無しさんっ!!」


り「何?どうしたの?」



ペタン……

『………っ』


り「名無しさんさんっ!?」

前「名無しさんっ!!」



カウンターで座り込んだ私に
二人の声より



店「箕輪です。名無しさんさんインカムとれますか?」


カチッ……

『……名無しさんです。』



店長の声の方が大きく響いた……。



店「次のシフト……」




透明な心のケース
小さく入ったヒビが広がって









パキンッ……と割れる音がした。






り「名無しさんさん!?だ、大丈夫?」


前「おぃっ……立てるか?」










あぁ、私まだ……







『……了解しました。』








おばぁちゃんにジュースのお礼言ってないや。



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