フェイク×前鬼

□傷に染みます
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名無しさんside



いつだって見渡した世界は怖い



『……っ。』



ぎゅうぎゅうに詰め込まれた車内
触れてしまう身体


どこを見ても、人……人……人……


それでも目的地までここから出られない。
逃げられない。



『……っ。』



身体がっ……震える


詰め込まれた車内の空気に息苦しさを感じる……



前「……名無しさん?どした?」



傍にいた前鬼さんは私の様子を気にかけてくれるけど



『……大丈夫。』



私は作り笑顔を返した。


振り撒く笑顔はタダじゃない。
時給+負荷の代償



ドンッ

『……!?』

「ぁ……すいません。」



カーブに沿って、サラリーマンと身体がくっつく。


仕方ない事。



前「名無しさん?」

『……っ。』



……怖い。


勇気を出して踏み出した一歩は酷く無力
目的地までが遠くに感じて
恐怖が近くて……簡単な事が難しくて嫌になる。



前「大丈夫か?」

『なにが?……大丈夫、だよ。』



……気持ち悪い。
吐きそう。



前「顔色悪いで?」

『大丈夫だって……』



心配してくれてるのは分かってるから……。



『寝不足なだけだよ……』



なんとか声を振り絞る。


大丈夫……
お願いだからそっとしといて
お願いだからほっといて


薬飲めば、私だってそれなりに
皆と同じ生活はできるもの。

……できるはずなの。


普通の人と同じ普通の行為くらい……っ



私にも……



キキーーッ

『……!!?』

前「まだ乗ってくるんか…」



次の駅について
開く扉……ホームには、沢山の人……



『ぁ……っ』



ドクッドクッと脈が加速する


予想できる光景に身体の震えが大きくなる



前「……名無しさん?」


『……だ、いじょ』



私の様子に前鬼さんだけじゃなく、周りの乗客からも視線が集まる


私が……



私がオカシイの……?



『……っ…!!』


身体が呼吸が上手くコントロール出来ない。



大丈夫、大丈夫……大丈……



どどっと流れ込む人の群れ。



『ーーーっ。』



駄目……


怖い。










前「名無しさん。」


『ぁ……!?』



震えっぱなしの私の手を掴んだ前鬼さん。彼はそのまま人並みを掻き分けていく……



前「すんません、開けてくれへん?」

『ぜ、んき……さ?』



グイグイ引っ張られる腕
そのまま彼の背中に引きずられるようについていく


沢山の頭を、人を抜けて



少し先に見えた出口……



プルルルル……
「閉まる扉にご注意下さい……」



電子音と駅員さんのアナウンスが響き
出口が……ゆっくり閉まっていく……



『あっ……』



その光景が、逃げられない出口が
閉ざされていく事に

今と過去が錯覚する……



『ゃ………』



やだ……

"いやだっ!!"



どうしても思い出してしまう……




ガンッ

『……っ!!?』

前「………。」



閉ざされかけた扉を強引に止める手。



前「……こっちや。」



気がつけば



前鬼さんの手に私は出口から引っ張り降ろされてた……



ーーーーー
名無しさんside



"発車します"



ホームから、ゆっくりと電車が消えてゆく。沢山の人を目的地へ運ぶために。


ベンチから、それを眺める。



前「……待っとき。水買うてきたる。」

『ご、め……』



私は……目的地に行く事すら



当たり前に出来ないんだ



前「えぇから。……今は休み。」



ポン、と頭にのせられた手があまりに温かくて……



『ご、めっ……』

前「名無しさん……」



緊張から解放されて

自分が情けなくて


つい、泣いてしまった……



無理しなきゃ、やっていけないのに。
私はそんな事も出来なかった……


私にも出来るはずだ、なんて
今さらだった……これが私なんだ……



前「……すぐ戻る。」


パサッ

『……っ。』



頭から被せられた
前鬼さんの大きな背広……次の電車を待つ人達の視線から私を守ってくれる



私にも出来るって……
こんな自分今さらで


あぁ、ほらやっぱり
期待には胸をえぐる失望がついてきた……


止まらない震えを抑えようとしても
自分の手を握る自分の手すら震えて、抑えようがない。



前「……ホレ。」

『………。』



差し出されたペットボトル。



『ありが……』



伸ばした手……



前「………。」

『……っふ。』



それすら震えて
掴めそうになくて……笑っちゃう。


やっぱり私がオカシイんだ……。



『私は大丈夫だから、前鬼さん先行って……』

前「は………?」



ペットボトルを受け取るのを諦めて、手を引っ込めた。



『研修、遅刻しちゃうから……』



せめて前鬼さんは……



前「……ほっとけるわけないやろ?」


『大丈夫……』



笑顔で見上げた彼は



前「……笑えてへんぞ。」



私の頬の涙を拭い、隣に座った。
さりげなく握ってくれた手があったかい……


柳くんの手は払っといて……
前鬼さんの手には落ち着くなんて、私の身体は自分勝手だな



前「電車……苦手やったんやな。」


『………。』



あれだけ震えてたら
誰だって、そう思うのかな?


……ナンテハナセバイイ?



『……人混みとか、苦手、で。』


前「……そか。」



それだけじゃなくて……



『私、誘拐されたことがあっ……』

前「………っ」



少し前鬼さんが表情を歪めたのが見えて
そのまま

気づいたら抱き締められてた……



『……前鬼さん?』



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