infringe×前鬼

□救い
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千代side



夜の空に大きな月……


夜叉の郷にはない、澄んだ空気…



前「ちゃんと寝んと。傷に響くで?」

『…前鬼さん。』



学習したのか、彼はノックを覚えた代わりに返事を待たずに障子を開ける…



前「月をみてたん?」


『うん…初めてお月様をみた時は感動したなぁ。』


前「夜叉の郷にはあらへんやろなぁ」


『うん。』




お母様に追い出されてやって来た天狗の郷は
幼い私には色々衝撃的だった。


子供を喰らう親すら居ないなんて
とても信じられ無かった…



『色んな世界が存在していたのね…』


前「せやなぁ…」


『世界を…知らなすぎた…』


前「千代……?」


『可笑しいなぁ……』



お月様が滲んで見える…


新しい世界は痛くて胸が潰れそう




前「……ホンマ、アホやなぁ。」

『ぁ……』



前鬼さんの腕が柔らかく私を包む。
ホッと出来る温もり……


ふぅ、と吐いた息に少しずつ頭痛が引いていく…



『"お母さん"が生きてたなんて…知らなかっ……』



きっと
お父様は知っていたんだろう……


私を喰らうつもりでいる事は知ってたのかな?













……どっちでもいいか




夜叉でなくなった私に、家族はもう居ない。



自由になった世界は
一人きりの世界を生きるという事…




『寂しくなんかないのにっ…どうして涙が止まらないんだろう?』



笑ってみせると



前「俺がおるやろ?小鬼らも…淋しいなんて思わせん。」


『……っ』



慣れない甘い言葉と
優しい口付け…




そっか…
一人きりだと思ってたのは



私だけなんだね……



いつも気づくのが遅くて
深い所から救いだしてくれるのは


いつも前鬼さん……



窮屈から解放されても変わらず残酷で醜い世界



だけど変わらず


温かい優しさがある…



それなら



『救えて、よかった…』



貴方を、この場所を……


前鬼さんの力で、少しでもそう思えるようになるの。

ーーーーー
千代side


前「千代?」


『……なに?』


前「今日なぁ…朝、好きや言うてくれたな?」


『えっ…』



色々あって忘れて、た…



前「言うてくれたよな?」

『えっと……』



前鬼さんの腕がきゅうっと締め付けが強まる

その窮屈さは
心地いい



前「なら、千代からキスくれん?」

『はっ…!?』



前鬼さんはとんでもない言葉と共に
目を瞑る……



『ちょ、ちょっと待っ…』

前「もう待っとるで?」


『いやっ…そうじゃなくって!!』



瞼を瞑り
ニヤニヤしている彼はきっと私の動揺を楽しんでる



『〜〜〜っ!!』



でも
今はまだこの腕から出たくない……



ちゅ。っと唇を軽くつけたのは


前鬼さんの、首。



前「…っ千代?」


『諸々の…感謝の気持ちぃいっ!!?』



ドサッっと音が聞こえた時には
前鬼さんは私を見下ろしてた…



『ぜぜぜ前鬼さんっ!!?』


前「首もとにキスとは…そーいう事やろ?」



ニヤリと笑うけれど


『ちがっ……』


そうじゃなくて!!
座っていても身長差があるから



『そこまでしか届かなかっ…』


前「もー知らん。」


『……っ!!』



首筋に顔を埋め、落とされたキスにぞくっとした痺れが走る…



『前鬼さんっ!!?』



これは…まずい…
今度こそ、本当に喰われ…




前「生きとって…良かったわ。」


『……前鬼さん。』



抱き締められた腕の温もりとその言葉



私はきっと忘れないよ?


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