infringe×前鬼

□救難信号
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千代side


"殺させねぇよ。天狗も、千代もな。"



そこに自分の名が入っていたこと



"これから築けばいいじゃない"



まるで、私を受け入れるような言葉





毒の無い美味しいお茶……



『馬鹿みたい……』



一人、自分の部屋で呟いた。


赤「千代しゃま…」

青「天狗ですから。」




ううん?


その優しさを素直に受け入れない私が


馬鹿なのよ……



『それに……』



"好きや"


あれだって……





前「千代?」


ビクッ

『っ!!?』



突然、ノックもなしに入ってくる前鬼さん。



『の、のののノック……』


前「ぁー…すまん。」



思い出す数々の光景と


まだ


耳に残る言葉



『………。』



一番、いっちばん会いにくいのに……っ!!



ドクドクと鼓動が増す。


隣に腰かけた彼を見れない。



前「あ〜小鬼、少し消えてくれん?」



頭を掻きながら二匹にそう伝える前鬼さん。


赤・青「……。」


迷う小鬼に



『いや、居てっ!?居て!!』



是非、居て!!


二人きりは気まずい!!


慌てて呼び止めると



赤「千代しゃま…」


赤はにっこり笑い



赤「お邪魔ですので失礼しましゅ!!」

青「仕方なく、だぞ。」



『えっ!?』


ペコリお辞儀して姿を消す小鬼……


赤〜っ!!


こんな所でおしゃまさ出さなくていいのにっ!!



前「………。」

『…………。』



二人きりになってしまった部屋。


気まずくて虚勢もはれない。


唯一、夜叉の私を守る武器だったのに……




私は、彼が守りたいと言ってた民を今日



笑顔で、殺した……




前「なぁ、千代。俺思っててん。」


『ぇ……』




彼は低く真面目な声で




前「千代は、夜叉無理ちゃう?」




彼が吐いた言葉に


息がつまる。



『な、に言って……』


前「辛いんやろ?」


『そんな事……』



そう言い聞かせて


命を喰らう者として


痛みを殺してきたのよ……


夜叉として生まれ


夜叉になるのは当たり前



『命を奪うくらい……』


前「本音、か?」




扉の奥からまた


じわじわと弱さが漏れる……



駄目。


気づいてはいけない。



当たり前の事なの。


仕方ないの。


分かってるでしょ?




『本音に決まってる……』



そうだよ


願いはこの先も届きはしないの


だから


一生、夜叉として……




前「千代、無理せんでええ……」


『……っ。』



駄目。


近寄らないで……


その優しさに触れたら


剥がれてしまう


自分についてきた嘘が



救いようはないのに


捨てられなかった心が



置き去りにしたはずの



弱い自分が



扉の隙間からじわじわと床を伝って



凍える身が


温かさを求めてしまうから……



前「千代。」


『駄目。近寄らないで……』



身体が震える……。



前「……分かっとるんやろ?自分で。」


『……私は、夜叉なの。』



何度も言い聞かせてきたの……


自分がどうありたいかなんて


そんな選択肢は……。



前「千代。」


『…っ!!?』




前鬼さんの手が伸びて


彼の羽織袴で私の身体を包む。


私の髪を結っていた紐を解き


結んでいた髪がパサッと肩にかかる




前「これで、今の千代は夜叉やない。ただの、千代や。」


『………っ。』




その優しさに



保っていた何かが割れる音がした……


心のずっと奥の方で




『大っ嫌いなのよ……嘘つきだし…』


前「千代?」



涙が溢れだす


私はいつからこんなに弱くなった?



『弱さを……隠してただけよ…』



じゃなきゃ、押し潰されそうになる。



鈍い痛みも積み上げられて



それに気づいてないフリをしてただけ


いつも隣で見張ってる自分に見つからぬように


仕舞い込んだのに……




前「千代は千代のままでえぇ。」


『ぜ、んきさ……』



いつも


突き付けられた現実は


ちっとも美しくなくて


窮屈で残酷で醜い……


捉え方次第だなんて言っても



私は結局




夜叉のふりして夜叉にはなれなかった……



理解出来ない世界に


見栄や虚勢を塗りたくっても



喉の奥の方でいつも叫び声が聞こえるの





『………助けて。』




ようやく



吐き出した気持ち



前「大丈夫や……」



前鬼さんは


私を強く、抱きしめてくれた。




その優しいぬくもりと


声を


いつも、探してたの……。



『鬼なんか、なりたくなかっ……』



胸が痛いの


分かってても


痛くて仕方ないの……








"飢餓の地で優雅に呼吸する気分はどう?"



最低な気分よ。


悲しみの中では何も生まれない



どれだけ走れば着くの?


どこへたどり着きたいの?



汚れたのは世界だった?



それとも自分?



大事なものは幾つもあったはずなのに



気づけば減ってた……



現実派気取りでいるくせに



"仕方ない"を呪いのように呟き続けて



自分の嘘に殺されそうで



『助けてっ……!!』


しがみついた前鬼さんの温もりに


自らに問いかけた言葉が降ってくる



"私は何の為に夜叉に八大に"



『前鬼さ……も、わかんないっ…』



自分が誰で


何の為に生きてるのか



声をからして叫び続けても



もがき続けても


報われない




前「千代?大丈夫や……」


『ぁ……』



ゆっくり近づく顔


二度目のキス……。



早く



この奇妙な夢からえぐりだして


"
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