infringe×前鬼

□扉の奥
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前鬼side



夜叉の郷を離れ、天狗のへ向かう前に一旦寄ったご当主の屋敷。



『大丈夫?』

前「……ん。」



千代は俺の首に張り付く首輪を外すと



『……ごめんね』



血ぃべったりついたそれを仕舞い、俺の首を見つめる。



前「……別に、千代のせいやあらへん。」



本気で殺されるかと思うたが、な……



前「夜叉の郷は変わっとるな。」



仮面の当主に血肉を欲しがる民……


『皆……悪気はないのよ。』



それは……



前「……悪気しかあらへんの間違いやないか?」


『それが、当たり前の国なのよ……』



目玉か舌を無邪気に奪い合うて育ち



前「耳も腕も落とす、か。」


『………。』



俺の言葉に動きを止める千代。



『仕方ないのよ。』



力無く笑う。


仕方ない、なぁ?


あの門兵も


それが当たり前のよに許しを乞うとったな……



『薬箱……持ってくる。』


前「すぐ治るで?」


『でもっ……』



立ち上がり、胡座かく俺を見下ろす千代。



その手を握らずには居れんやろ?



『前鬼さ……わっ!?』



俺の手に引かれ


ボスッと胸に倒れ込む千代。




前「夜叉の郷がどんなでも関係あらへん。どーだってええ。」



千代を信じるて決意は今更、変わらん。


でもな



『ちょっと!?何す……』



道具になりきるのは千代の心が痛まんなら、や。


離れようとする鬼をつかまえ


前「………っ。」

『んっ……!!?』



無理に唇を重ねた。



前「千代の心が痛まんならいくらでも道具になったるわ!!」


『なっ…にを……』


前「痛まんなら、な!!」



でも、ちゃうやろ!?



前「ずっと、んな顔しよって……」



目の前の千代は、夜叉の郷を離れてからずっと思い詰めたよな顔しとる。

その苦しそな顔、いつまでも眺めとれゆうん?



『……っ!!離しっ…』


逃げようとしてもなぁ



前「離さん。」

『……っ無礼者!!』



そのムキになった虚勢にも慣れたわ。


千代に笑みを見せ



前「なら、喰うてみ?」

『……っ!!』



自分の首からダラダラ流れる血を指で掬い


千代の口元へもってく



前「喰ったらええやん。」

『なっ……』



さっきまで夜叉の民が欲しがっとった血が


目の前にあるんや。



前「……喰わんの?」


『……っ。』



そんなに睨んでも、俺は引かんで?



血を前に、千代は舐めようともせん。




……嫌なんやろ?



血も肉も、それを求めんのも。




やがて



『……っごめ。痛かっ…でしょ?』



ボロボロと涙を流す千代。


『ごめっ…私のせい…』


前「千代?」



これが、俺の見とる千代や。


好きな、千代の本当の姿



前「苦しかったんやろ?」


『そっ…れは……』



ボロボロ泣いとるくせに



『し、かたなっ……』



まだ嘘を重ねる千代。



前「………なら」



もう、その嘘ごと




キスで塞いでまえば……



『んぅっ……!?』



千代は



楽になれるやろか?



『……やっ!!』



軽い抵抗を制し



前「千代?」

『……っ。』



傷口を舐めるよに唇を重ねると



よじれた傷から




涙のおちる音が響く……


ーーーーー
千代side



選ばれし夜叉として……




選ばれたいだなんて、誰が言ったのよ。



夜叉に産まれたいと誰が言ったのよ……



でも、変わらないの。


仕方ないじゃない。


どんなに嫌でも私は夜叉なのよ……



声援なんて最初からありゃしない。



それは



私にしたらその声は押し付け以外なんでもないんだから。



何のために八大になったかなんて……


理由はない。



自分がどうありたいのかなんて



そんな選択肢、私にはない。



それが



当たり前なんだから。



目の前で苦しむ貴方に手を差し出す事も許されない……





"痛まんなら、な"


痛まないはずがないじゃない……




"喰ったらええやん。"


肉を貪る鬼になんか…なりたくない……




"苦しかったんやろ?"


でも


だけど




『し、かたなっ……』



私は夜叉。一生、ずっと、夜叉なのよ……


仕方ないの。







なのに



前「千代?」


『……っ』



前鬼さんがあまりに優しく私を呼ぶから



唇を重ねるから




『……苦しかっ…』


前「ん……」



仕舞いこんであった、救いようもない思いが溢れて


捨てたくても


捨てられなかった心が



姿を見せた……



『怖かっ……』




窮屈すぎる世界に


未来永劫、届きはしない願い


それと一緒に


弱い自分も置き去りにしてきたはずなのに……



『死んでまうかとっ!!』



唯一温かさをくれる貴方が居なくなってしまうかと……



前「生きとる。……な?」

『ぅ、んっ……』



抱きしめられた胸から一定の心拍音が耳に届き、伝わる温もりに




塗りたくった虚勢と



こぼれそうになっては、今はマズイと仕舞い込んでいた弱さが



剥がれていく……



頑丈な扉の奥、その隙間から


じわじわと床を伝い



闇に凍えるこの身を救う……




前「千代?」


『な…に……』



泣きはらした顔で見上げた前鬼さんは


やっぱり優しい眼差しで


『ぁ………』



涙を拭い



キスをくれた。


"
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