フェイク×前鬼

□羊の遠吠え
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名無しさんside



『ぅ……』



眼を開けると、自分の部屋。



前「……起きたか?」


『……前鬼さ』



ん……?前鬼、さん?



私の部屋に、前鬼さん……?



『前鬼さんっ!?な、何してんの!?』

前「………。」



すざっと彼から離れて、自分の格好に気づく。



『制服……?』



職場の制服のまま、ベッドで寝ていたらしい私……



前「倒れたのを、運んだんや。……勝手に上がらせて貰ったで。」


『ぁ……』



そういえば、途中で気分が悪くなっちゃったんだっけ……



『ありがとうございます……』


前「……ん。気分はどや?」


『もぅ大丈夫みたい。』


前「そか……」



何だか悲しそうに前鬼さんが笑うから
私の方が、心配になっちゃう……



前「なぁ名無しさん……なんでや?」


『え?なにが……』


前「……いつ、こんなに飲んだ?」


『ーーーっ。』



前鬼さんの手には、ここ数日私が飲み込んだ薬の入ってた空のシート……



前「山崎のばぁさんの事もや……お前、本当に覚えとらんの?」


『……おばぁちゃん?』



あぁ、そういえば休憩室でそんな話して……



前「ばぁさんは死んだんや。」


『ぇ……』


前「死んだんや。」


『………』



真っ直ぐ私を見る前鬼さんの眼が刺さる……



痛い……



『前鬼さん……何言って…』


前「……っ、それはお前やっ!!」


『……っ!!?』



ガシッと掴まれた肩が痛い……



前「ばぁさんはもぅ居らんのやっ!!」


『……っ』


前「名無しさん、しっかりせぇよ!!」


『……っ』




痛い……



肩が、視線が、言葉が……胸、が?




痛い




痛い




痛い…っ!!



『……薬、飲まなきゃ』


前「飲みすぎや。」


『離して……』


前「駄目やって!!」



なんで


なんで?



どうしてそんな事言うの?



痛い痛い痛い痛い痛い痛い……っ!!




『お願っ……!!飲まなきゃ!!』


前「名無しさん……」


『だって……』



だって……



『身体がこんなに痛いのにっ!!』



そうだよ



『薬飲めば私だって、皆と同じようにやれるはずなんだからっ……!!』



何かが蝕んだ身体さえ、器用に動かす事ができるはずなんだっ……!!



『胸だって、痛みだって無くなるんだからっ……!!』



痛みさえなければ、幾らでもやっていけるでしょう?



前「名無しさん……落ち着けって……」


『や、だ……離してっ!!』



前鬼さんの手を無理に払おうとする



前「落ち着けっっ!!!!」


『……っ!!?』



前鬼さんがあげた大声に
身体がビクッと震える。



前「身体が悪いから痛いんちゃうやろっ!?」


『だって……こんなに』



こんなに、痛いのに……
こんなに痛かったら、ウマクやれないじゃない……っ!!



前「それは……心が痛んでるんやろ?」


『……っ!?』



心、が……




痛い……?




前「それを無くすことなんか出来ひん。」



違う


違うよ。



痛みさえなければ、ちゃんとやれるんだから。その方が楽なんだから……



前「どんだけ薬を飲んでも、痛みも心も無くすことなんか出来んのやっ!!」


『違うっ!!』



痛みを感じるなら捨ててしまえば……

嘘で固めて身を守れば……

仮面に向けられた言葉なんて……


心まで届かない。


その方が楽なんだ。





前「その痛みは名無しさんが……お前が生きとる証拠や。」


『ぁ……』



震え出した身体が前鬼さんに包まれて


潰れて割れてしまった何かから
ボタボタと透明な滴が頬を濡らす……

絞られるように


胸が痛い



『な、んで……っ』


前「名無しさん……。」


『捨てたっ、のにっ……!!』



どうしてこんなに苦しいの?



前「心は捨てられへんよ。」


『……っく、るしっ』




どうして……っ?



『痛いっ……!!』




出口が見つからなくて

誰も救ってくれない

汚れてる事にかわりはない

嫌いな自分を隠して





"他界しました……"


"いつも貴方の事を楽しそうに話して……"



私が


消えちゃえばいいなんて、汚れた言葉を吐いたから……?



『な、んでっ……まだ、言ってなっ……!!』


前「名無しさん?」



ばぁさんから、名無しさんに差し入れやって!!



『ジュースのっお礼、言ってなっ……のにっ!!』


前「………っ」



"いつも頑張ってる姿をみてるから…"


ワタシを見てくれる人




"ここに来るのが楽しみで"


しわしわで、くしゃっとした笑顔




"これからも来るからね"


戦場で私をいつも励ましてくれた




『なんでっ……』



あの笑顔も


手を握ってくれた暖かい手も



『本当にっ、もぅ……っ』




もう会えないの?



『だっ、て……また、来てくれるって』



おばぁちゃんみたいに見守ってくれる人がいるなら……

まだ頑張れるって……



前「名無しさん……」


『痛い……前鬼、さっ……』




生きていく上で賢さを求めて

利口なフリをして

それが正解だと思った私は



人という弱い生き物だからうわべを装って



知らず知らず


ナマモノの心を腐らせた……



『胸がっ……痛い、よっ……!!』


前「大丈夫や……俺が居ったるから。」



祈るような日々の中でもっと強く、と願い


真実を疑って


嘘を信じて生きてた私は



知らず知らず



信じられる世界を見失ってしまった……



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