フェイク×前鬼

□心臓が潰れる音
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名無しさんside



なんでか分からないけど



前「すまん……」



前鬼さんのその声は
彼の腕の中で聞いていて痛かった。



ヴ〜ヴ〜……


前・名無しさん「………。」



携帯のバイブの音に、ようやく腕を緩めてくれた前鬼さん。
そこから抜け出して、携帯を手にする……


誰からかなんて、分かってる。



『……店長だ。』



やっぱり、店長からの着信。
長い時間腕の中に居たから……当然、研修は始まってるだろうな。



前「………もしもし。」

『ぁっ……!!』



私の手から携帯を拐って勝手に電話にでた前鬼さん。



『………。』



黙って、それを見つめる。



前「すんません、途中で具合悪くなってもうて……いや……うん。」

『………。』



微かに漏れてくる店長の声は
確実に怒ってる……

そりゃ……そうだよね。



前「いや、無理や。代わりに他のやつ向かわせてくれん?」

『ぇ……』



前鬼さん……?



前「んな事言うても……あぁ、あぁ、せやから……」


『………。』



前鬼さんの表情が険しい……
また眉間にシワが……



前「あ〜…あぁ、だから……」



店長と話が噛み合わない様子の前鬼さんはやがて



前「分かったて言うとるやろっ!!」

『……!?』



突然叫んで


プツン……ツーツー……


電話を切った。



『ぇ……えぇっ!?切っちゃったの!?』


前「イライラしてもうて……」



何事もないように私に携帯を返す前鬼さん。店長……相当怒ってるだろうな……



前「帰るか。」

『うん……』



立ち上がった前鬼さんに借りていた背広を返す。



『迷惑かけてごめん……』

前「………。」



私がもっと頑張れれば。
前鬼さんを巻き込む事もなかった……



前「名無しさんのせいやあらへん。」



ふっと笑って髪を撫でてくれた彼は……
私の話をどう思ったんだろう?

"私、誘拐されたことが……"


それだけで
全て悟ってくれたなんて事、あるはずがないのに



前「ほな、いこか?」

『えっ!!?』



繋がれた手の暖かさに
なんとなく、全て伝わったような気がしたの……



前「もう大丈夫や。」

『………。』



ゆっくり手を引いてくれる前鬼さん。
私がいつも唱える呪文と同じ言葉なのに……前鬼さんが言うと、本当にそんな気持ちになるから不思議


そのまま手を繋いで彼の少し後ろから自然光に照らされた横顔を見つめて

帰りの電車を待った………



ーーーーー
名無しさんside



乗り込んだ電車は下り、通勤から時間がずれたからか行きの電車より隙間があった……



『………。』



開かない扉の前に立って、窓を見ても反射して視界に映る車内の人を避けるように俯く



前「……駄目そうか?」



じっとしてる私を心配の眼差しで見下ろす前鬼さん。



『大丈夫……。』

前「………。」



へらっと笑った私をみた彼は……



『……っ!いひゃっ…!?』

前「………。」



繋いでいた手を離して
私の頬をグイグイ引っ張った……



『ら、らりす……』

前「何言うとるかわからんなぁ。」

『う〜……』



前鬼さんがほっぺた摘まんでるせいでしょーっ!!?
眉間にシワを寄せてみせた私に前鬼さんは満足そうに笑って手を離し



前「……無理すな。」

『……っ!!?』



片手で緩く私の背に腕をまわした……

目の前が前鬼さんが着てる白いワイシャツで一杯になる



『ちょ、前鬼さっ……』

前「怖い、か?」



見上げた先の顔を見れば分かる。
心配させちゃって……ごめん

前鬼さんの背広の裾をつかんで俯く。



『怖く、ない……』

前「ん……そか。」



周囲の視線が……痛い。
でも、今はこのまま甘えさせて貰おう
その方が逃げられない箱の中はずっとずっと、落ち着くから



『………。』



なんで、貴方の傍はこんなに落ち着くのかな?
背中に回された腕の温もりとワイシャツ越しの胸板……
直に触れられてる訳じゃないのに
あったかくて、ほっとする……



試行錯誤して隠そうと嘘で誤魔化そうとする私を呆気なく見つけ出す

嘘を言わないと言う貴方
もし、本当に私を見つけてくれてるなら


勘違い……は出来ないけど
"警戒せんでえぇよ"
その言葉を信じてみてもいいのかなぁ?



ガタンガタン……
電車の揺れる音に混ざって

トクントクン……
自分のあたたかい鼓動の音が聞こえた……



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